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欲しがりカレシのキスの場所 東雲3話

(それってつまり···)

サトコ
「ありのままの私がいいってことですか···!?」

東雲
!?
ちょ···
人通りが多いところで抱きつくな!

サトコ
「まだ抱きついてません!」
「というか、どうして私のおでこ押さえるんですか···!」

東雲
すぐにでも突進されそうだし、この手離したら
抱きつかれると迷惑

サトコ
「突進じゃなくてハグです!」
「ていうか、歩さんがありのままの私を求めてくれたのに···」

東雲
それがまず飛躍しすぎだから
ありえないんだけど、キミの思考回路

(うっ···そこまで言わなくても···)
(確かに駅前で抱きつこうとしたのはダメだったかもしれないけど)

思わず身体の力を抜くと、歩さんもおでこから手を離してくれた。

サトコ
「でも手を繋ぎたいと思ってくれてるってことですよね?」

東雲
言ってない
手を繋げないって事実を示しただけ

サトコ
「それは重要な真実です」
「私は歩さんと手を繋ぎたいですから!」

東雲
······
···その爪

歩さんがぽつりとつぶやく。

東雲
正直、オレはあんまり好きじゃないけど
キミがこのままつけておきたいなら、つけておけば···

サトコ
「いえ、落とします!」
「すぐに!今すぐにお湯で落としてきます!」

東雲
重···
てか近いし、鼻息荒いんだけど

サトコ
「少しだけ待っていてくださいね!」

東雲
聞いてないし···
まあいいけど

(ネイリストさんには申し訳ないけど、落としてこよう···!)

サトコ
「お待たせしました!」

東雲
落としてきたんだ、ほんとに

サトコ
「もちろんです」

駅のお手洗いで爪を元に戻した後。
今度こそ、と歩さんに向かって手を伸ばした。

サトコ
「今なら繋いでも痛くないですし!」
「手を洗った直後なので清潔ですし、なんならひんやり気持ちいいです」

東雲
そこまで聞いてないし

断言する私に、歩さんの表情は一瞬引きつったけれど。
すぐに軽く唇をほころばせ、差し出した手を取ってくれた。

東雲
まあ···確かに悪くないかもね

サトコ
「はい!」

東雲
ひんやりしてるし、痛くないし
なにより清潔だし

サトコ
「え、強調するのそこですか···!?」

(でも、ちゃんと繋いではくれるんだ)

伝わってくる歩さの体温が、私の手に熱を移す。
触れた指先はさっきのように優しく絡められ···
私たちは今度こそ、手を繋いで歩き出したのだった。

その夜···

サトコ
「お風呂いただきました」
「···って、なにしてるんですか?」

歩さんがいるテーブルの上には、見慣れない道具やボトルがたくさんある。

(···うん?)
(ここにネイルオイルって書かれてるけど···)

サトコ
「もしかしてこのネイルケア用品、全部歩さんのですか?」

東雲
当然
他に誰がいるの?

(それにしては、すごい量なんだけど···)
(ここ、ネイルサロンじゃないよね?)
(さすがは歩さん、爪の手入れもしてるんだ)

東雲
ネイルするのはいいけど、何事もまずは基本から
右手出して

サトコ
「は、はい···」
「ていうか、ケアしてくれるんですか?」

東雲
今日は特別
女子力あげたいならちゃんと覚えて

サトコ
「ありがとうございます!」

(まさか、歩さんにケアしてもらえるなんて···!)

東雲
え、甘皮処理甘すぎ
もっとやってもらわないとダメじゃない?
ここもささくれできてるし···

歩さんは左手も同じように形を整えてくれた後。
今度は根元の辺りに、丁寧にオイルを塗ってくれた。

東雲
爪も肌や髪と同じで保湿が必要
たとえば、このオイルはささくれの治癒にも予防にも効果的だし

サトコ
「なるほど···」

東雲
塗ったらしっかりと揉み込んで···

(さすがは歩さん、女子力というか美意識の塊だ···)
(そういえば、歩さんの爪っていつも綺麗だよね)
(短く切り揃えられてるけど形は綺麗だし、線とか凹凸もないし)

<選択してください>

「歩さんの爪、好きです」

サトコ
「私、歩さんの爪好きです」
「いつも綺麗に整えられてますよね」

東雲
まあ、最低限の身だしなみだし
女子力って問題じゃなくて

サトコ
「うっ···」

東雲
···あとはまあ、キミの為でもあるけどね

サトコ
「え?」
「あの、今なんて···」

東雲
なんでも
はい、次こっちの手

サトコ
「あ、はい···」

(聞き逃しちゃったけど、歩さんなんて言ったんだろう···?)
(とりあえず、美への道は一歩からってことだよね)
(私も最低限の身だしなみをがんばろう···!)

「私もがんばります」

(私も最低限の身だしなみはがんばろう)
(まずは歩さんが整えてくれた綺麗な形の爪を維持するところからだよね)

サトコ
「私も歩さんのようなパーフェクトネイルを手に入れるためにがんばります!」

東雲
え、なにその名前···
ていうか、ほどほどでいいんじゃない?キミの場合

サトコ
「え?」

東雲
また空回りしそうだし

サトコ
「うっ···それってもしかしなくてもネイルのことですか」
「ありのままでいいって言ってくれたのに···!」

東雲
それはキミが勝手に飛躍させた話だから
まあ、いいけど

(慣れないことをするより、こつこつがんばろう)
(美への道は一歩から···)

「ケアしてもらえて嬉しいです」

サトコ
「歩さんにこうしてケアしてもらえて嬉しいです」

東雲
女子力って言うなら、最低限はがんばった方がいいよね
甘皮処理とか、甘皮処理とか

サトコ
「わ、わかりました!」
「明日退庁したら、薬局で買って帰ります」

東雲
そうして
まあしばらくは今日のケアで大丈夫だと思うけど

(さすがは女子力、いや美意識の化身···)
(私も最低限の身だしなみとしてこれくらいはがんばらないと···)

(ケアの後にしてくれたマッサージも気持ち良すぎて、一瞬睡魔に襲われてしまった···)
(歩さんに触れられてたから余計心地よかったのかも)

サトコ
「歩さん、ありがとうございました」

東雲
···まだ終わってないけど

サトコ
「え?」
「!」

首を傾げた瞬間、歩さんの唇が指先に触れた。

サトコ
「ゆ、ゆびさキッス···!?」

東雲
え、ダサ···
なにそのネーミング

サトコ
「······っ」

歩さんの吐息にくすぐられ、思わず身体が跳ねる。
落とされた唇は手のひら···手の甲を辿り、手首に優しく触れた。

(な、なんで突然キッス···?)
(いや、もちろん嬉しいけど······!)

視線が重なると、今度は唇にキスが降ってくる。

サトコ
「あ、あの···」

東雲
いいんじゃない、無理しなくて
キミはキミらしくいれば

サトコ
「!」
「そ、それって···」
「や、やっぱりありのままの私でいいってことですか!?」

東雲
さあ

サトコ
「教えてください、歩さん···!」

東雲
ちょ、近···
近いから!

明確な答えはくれないけれど、今の自分を肯定されたような気がした。

(···最初から、歩さんには背伸びもお見通しだったのかも)

頬を緩める私の指先には、また歩さんの唇が降ってきて···
キッスが落とされた場所の意味を私が知るのは、もう少し後のことだった。

Happy End

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