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欲しがりカレシのキスの場所 東雲2話

(なんで無言!?)
(今、確実に私の爪を見たはずなのに···!?)

サトコ
「歩さん!」

黙ったままの歩さんの前に両手をグッと突き出す。
爪を見せるように顔の前まで近づけると、あからさまに眉を顰められた。

東雲
なに
もしかして、嫌がらせ?

サトコ
「!?」

(興味ないどころか、まさかの嫌がらせ扱い···!?)
(すごく嫌そうな顔してるし)

サトコ
「ち、違います!」
「ネイルをしてきたので、歩さんに見てもらいたくて」

東雲
ああ···

(納得したようなこの反応、やっぱり最初から気付いていたよね)
(じゃあなんで無言?)
(もしかして、あまりに似合わなさすぎて言葉が出なかったとか···)

東雲
···なんで突然?

サトコ
「え?」

東雲
今まで潜入捜査以外でしたことなかったよね?
こんな派手な爪

サトコ
「それはまあ···」
「た、たまにはいいかなと思いまして···」

(デキる女計画を頑張ってるところだし)
(今夜はせっかくご飯デートでお泊まりだし···)

サトコ
「ほら、結構可愛くないですか?」

東雲
······

(うっ···)
(今まで見たことないくらい微妙な表情)
(こうなったら、このネイルの良さを伝えて···)

サトコ
「これは鳴子から教えてもらったワンデーネイルというものなんです」
「短期間楽しむためのものなので、これで急な呼び出しも対応できますし···」
「ほら、見てください!」

東雲
なに、この魔法瓶

サトコ
「実はこのネイル、お湯で簡単に落とせる優れものなんですよ」
「なんとリムーバー不要なんです!」

東雲
いや、知ってるけど。それは

サトコ
「えっ」

(なんでネイルしないのに知ってるんだろう)
(歩さんの女子力の高さっていったい···)
(ていうか、私は鳴子に聞くまで知らなかったんですけど···!)

東雲
ていうかこれ、水道でも落とせるよね
わざわざお湯持ち歩かなくてもいいと思うんだけど

サトコ
「いえ、念には念をと思いまして」
「なにがあっても対応できるように今日は持ち歩いてるんです」

東雲
ああ、そう···

私が魔法瓶をかばんに片付ける間も、歩さんは微妙な表情を崩さない。

(確かに普段の爪に比べたら派手化もしれないけれど、そんなに似合ってないのかな)
(歩さんの反応は想像通りといえばそうなんだけど)
(たとえお世辞でも、ちょっとくらい褒めてくれたらうれしいのに···)

<選択してください>

「褒めてほしい」

(ここは直球で···)

サトコ
「に、似合わないかもしれませんけど···」
「もしよければ少しくらい褒めてくれてもいいかなって···」

東雲
······

サトコ
「ちょっと!ちょっとだけでいいんです」
「歩さんに褒めてもらえたらうれしいなぁと···」

東雲
もはや褒めるっていうより、強請るって感じだけど

サトコ
「うっ···」

(ほんとは歩さんから褒めてくれるのが一番うれしかったけど)
(さっきからずっと微妙な表情だし···)

サトコ
「それでもいいです···!」

東雲
······

たったこれだけのことでと思われるかもしれないけれど。
私にとって歩さんの誉め言葉は何よりも嬉しい宝物のようなものなのだ。

(だから少しの誉め言葉もうれしいというか···)

できる女になりたいのは自分のためだ。
でも···それだけじゃなくて彼女として歩さんの心に響けばやっぱりうれしい。
微かな期待を胸に抱きながら、歩さんの目を見つめると······

東雲
まあ···、いいデザインの爪なんじゃない?
別に強制されなくても、悪くないとは思ってるけど

「どうして気付かないふりを?」

(まずはあの理由を···)

サトコ
「歩さん、最初からこのネイルに気付いてましたよね」
「どうして気付かないふりしたんですか?」

東雲
べつに

サトコ
「······」

東雲
······

(え、それだけ!?)
(歩さんがちゃんとした理由言わないなんて珍しいような···)

歯切れが悪いというか、なにか誤魔化されているような気がする。

サトコ
「特に理由がないなら褒めてくれてもいいような気がします」
「似合いませんか?」

東雲
···べつにデザインは問題ないと思ってるけど
悪くないんじゃない?

「女子力では歩さんに敵わない」

サトコ
「確かに女子力では歩さんに敵わないと思います」
「でも、少しでいいので褒めてくれたら嬉しいなぁと···」

(私も身だしなみに気を付けてはいるけど、歩さんの方が美容院に通う頻度高いし)
(ヘッドスパまでしてるし···ブローに時間かけてるし···)

鳴子に言われてからケアを頑張ってはいるけれど。
歩さんのサラサラヘアーに比べれば、私の髪は痛んでいる。

東雲
女子力以前の問題だよね、キミの場合
最後に美容院に行ったのいつ?

サトコ
「!」
「え、ええと···」

東雲
······
···まあ、それくらいキミが毎日頑張ってるのは知ってるけど
忙しいのも

サトコ
「歩さん···」

(優しい···)

東雲
まあオレは先週行ったけどね

サトコ
「!」

東雲
出張の合間にできた時間で

サトコ
「!!」
「わ···私も今日ネイルサロンに行きました!」

東雲
うん
だから、そのネイルは問題ないと思うけど

サトコ
「え···」

東雲
デザインはいい方なんじゃない?
ふつうに悪くないし

サトコ
「!」

東雲
爪は、ね

サトコ
「······」

(褒めてくれたと思ったのに···!)

サトコ
「そこ強調しなくてもいいじゃないですか···!」
「爪を含めた私への感想は···!?」

東雲
悪くはないデザインだね

サトコ
「それは聞きました···!」

(なんで!?)
(うそでも似合ってるって言ってくれないなんて···)
(こうまでして褒めてくれないなんて、よほど似合ってないってことじゃ···)

押し寄せる悲しさに呼応するように、思わず視線が落ちる。
目に入った指先は、確かに派手かもしれないし見慣れないけれど···。

(せっかくネイリストさんが気合を入れていろいろつけてくれたのに)
(私が可愛く、上手くつけこなせないばかりに······)
(やっぱり、背伸びしすぎた?)

東雲
···はぁぁ

サトコ
「!」

(うっ···ため息)
(さすがに褒めを強要しすぎて呆れられた···?)

おずおずと顔を上げた瞬間······

サトコ
「!」

歩さんの手が私の手の平を捕まえた。
不意に触れた温度に鼓動を速めていると顔を覗き込まれる。

東雲
この爪だとさ···

歩さんは私の目を見つめながら、ゆっくりと指先を絡める。

(これは恋人繋ぎ···)

東雲
こうやって手を繋ぐとき邪魔じゃない?

サトコ
「じゃ、邪魔です···」

東雲
だよね

サトコ
「あっ···」

握り返そうとすると、ぱっと手を離されてしまった。

サトコ
「え、手は···」

東雲
だって邪魔だし

サトコ
「······」

(確かに違和感があるし、なによりパーツ歩さんの手に刺さる···!)
(え、つまりこのままじゃ手を繋げないということじゃ···)
(この言い方的に、歩さんは手を繋ぎたいと思ってくれているのに!?)

東雲
···さっき言った通り、デザイン自体は悪くないんじゃない?
でも手は繋げないよね
だったら、わざわざネイルしなくてもいい気がするけど

サトコ
「でも、それだといつもの爪になって···」

(···うん?)
(つまり、歩さんが言いたいことって···)

to be continued

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