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欲しがりカレシのキスの場所 東雲カレ目線

ちゃんと知ってるから。
キミが可愛くなろうと努力していることはー-

オレが彼女の変化に気付いたのは、ある夜のことだった。

サトコ
「歩さん、先お風呂いただきました」

東雲

(······あれ、シャンプー変えた?)
(ていうか、いつもより髪にツヤある気がするけど)

隣に座った彼女の横顔をまじまじと見つめる。
ここ最近の彼女は、何かいつもと違っていた。
普段よりも化粧に時間をかけたり、念入りにボディクリームを塗ったり···
とにかくいつもと様子が違うのだ。

(恐らく、なにかの媒体に影響された線が濃厚···)
(この前映画借りてたし、たぶんそれ)
(感想聞いたら、「できる女について学びました!」とか言ってたし)

つまりは、自分も「できる女」を目指しているというところだろう。

(まあ、いつものことか)
(うちの彼女がすぐ影響されるのは···)

こんな風に丸わかりなところは、すでにできる女から程遠い気がするけれど。

(わかりやすいのも、いつものことだし)
(それに向上心があるのは別に悪いことじゃ···)
(···うん?)

視線をずらしたその時、彼女のスマホ画面が目に入ってしまう。

(『ネイルサロン予約完了メール』···?)
(まさか···)

彼女が次に始めるのは、ネイルなのかもしれない。

(かもしれないどころか、このメールからすると確実)
(この子の思考回路だと、できる女=ネイルとか思ってそうだし)
(まあ、数日様子を見て······)

オレの予想は、案の定その数日後に的中した。

サトコ
「歩さん!おつかれさまです」

東雲
おつかれ
ごめん、待たせた?

サトコ
「いえ、今来たところです」

東雲
そう
······

(まさかのデコネイル···)
(いや、ネイルをするのは分かってたんだけどデコネイルは予想外)
(いつものこととはいえ、発想が斜め上すぎない?)

彼女の爪は、派手なパーツで塗り固められている。

(これ、ネイリストのオススメをそのまましてもらったんじゃ···)
(べつに、デザイン自体が悪いわけじゃない)
(でも、この子にはもっと似合う色も形もあると思うんだけど)

いつもなら、「似合わない」とハッキリ言うところだ。
それでも、ここ数日この子が自分なりにがんばっていたことは知っているし···
彼女の気持ちは汲み取ってあげたい。

(どう伝えるべき?)

オレらしくもなく一瞬反応に悩んでいると···

サトコ
「歩さん!」

東雲

突然、彼女の両手がオレの前に突き出される。
もちろんネイルが見えるように。

サトコ
「これは鳴子から教えてもらったワンデーネイルというものなんです」
「短期間楽しむためのものなので、急な呼び出しも対応できますし···」
「それに、指先がオシャレになるとテンションもあがります」
「休みの間だけでもこうして楽しめるのは、かなり素晴らしいと思うんです···!」

(必死···)

彼女は重そうな爪をオレに見せながら、ネイルの良さを説いてくる。

(···なるほどね)
(これもたぶん、オレに褒めてもらう作戦ってとこか)

ただうわべだけで「似合ってる」って言うくらいならいくらでもできるけれど。
いくら発想が斜め上でも似合っていなくても、この爪は彼女の努力の証だ。
それを知っていて、ただ簡単な言葉だけを並べて褒めるのは······

(正直、したくない)
(···ていうか、できないし)

お世辞でも褒め言葉を言わないオレと、
あらゆる手を使って、一所懸命オレの褒め言葉を引き出そうとする彼女。
結局、先に折れたのはオレの方だった。

東雲
悪くないと思うけど
爪は、ね

サトコ
「そこ強調しなくてもいいじゃないですか···!」
「爪を含めた私への感想は···!?」

東雲
悪くはないデザインだね

サトコ
「それは聞きました···!」

勢いを無くした彼女の視線が下がっていった。
その目線の先には、派手な色をした爪がある。

(下手に飾らなくてもいいのに)
(少しケアだけすれば、この子の爪なら間違いなくそれだけで···)

東雲
······

(···いや、オレもオレか)
(ウソでも褒めるか、素直に似合わないって言えばよかったのに)
(この子が食い下がってくるのは予想できたことじゃん)

東雲
···はぁぁ

思わず洩れたため息に、彼女がおずおずと顔を上げた瞬間。
オレはその手を取って、指先を絡めた。

東雲
この爪だとさ···
こうやって手を繋ぐ時邪魔じゃない?

サトコ
「じゃ、邪魔です···」

東雲
だよね

サトコ
「あっ···」

彼女が握り返そうとした瞬間、ぱっと手を離す。

サトコ
「え、手は···」

東雲
だって邪魔だし

サトコ
「······」

東雲
···さっき言った通り、デザイン自体は悪くないんじゃない?
でも手は繋げないよね
だったら、わざわざネイルしなくてもいい気がするけど

最後にこぼれてしまった本音に、彼女が目を丸くする。
そこからのこの子の行動は、驚くほど速くて···

オレの一言で、うちの彼女はあっさりといつもの爪に戻してしまった。

(ほんとにネイル落としてくるとか···)

その夜、彼女の爪の甘皮処理を終えた後。
最後に指先から手のひらまでマッサージしてあげることにした。

(がんばってたし)
(オレもこれくらいは···)

東雲
というか、なんであのデザイン?

サトコ
「ネイリストさんにおすすめしていただいたんです」

(やっぱり···)
(着飾ればいいってものじゃないのに)

一度マッサージを中断し、スマホで検索をかける。
画面に表示させたのは、色合いもデザインもシンプルなネイルサンプルだ。

東雲
キミにはこっちのデザインの方がいいと思うけど
ほら、こういうシンプルな···

サトコ
「わ、可愛いですね」
「今度はこれでお願いしてみようかな···」
「···あ、パーツもいろいろあるんですね」

東雲
うん、持ち込みできるサロンもあるし
キミがよければ、今度一緒に買いに行ってもいいけ···

サトコ
「いいんですか!?」
「ぜひ!」

(勢いすご···)
(まあ、初めて会ったネイリストより、オレの方が絶対キミのことわかってるし)
(···むしろオレが塗った方が早い気もするよね)

東雲
どんなパーツがいいの?

サトコ
「えっ」
「···恐竜とか桃ですかね?」

東雲
······
···重

サトコ
「なんでですか!」
「キノコにしますよ···」

東雲
なに?

サトコ
「!?」
「い、痛いです!強く指を握るのやめてください!」

東雲
はい、マッサージ再開
手、出して

サトコ
「お願いします···」

いつ彼女と一緒にパーツを買いに行こうか。
そんなことを考えながら、しばらくマッサージを続けていると···

サトコ
「······」

東雲
眠い?

サトコ
「いえ···」

彼女は首を横に振る。

(いや、目閉じかけてるから)
(まあ最近は仕事も忙しそうだったし、できる女目指してたみたいだし···)

少しでも疲れが取れるようにと、手のひらを揉み解していると。
彼女が突然、へらりと幸せそうに笑った。

サトコ
「もっと触ってください······」

東雲

······

(···なにそれ)
(この子、たまに無自覚にこういうこと言うからほんと···)
(······)
(って、いやいや)
(なんで今さら、これくらいで動揺してんの)
(無自覚、怖······)

東雲
眠いなら寝たら?

サトコ
「いえ···」
「でも気持ちいいです」
「···やっぱり歩さんに触られてるから幸せなんですね」

(顔、緩みすぎ)
(これが無自覚って···)
(オレにとってはネイルよりもよっぽど······)

東雲
······

(心に刺さったとか、言えるか!)

サトコ
「歩さん、ありがとうございました」

東雲
···まだ終わってないけど

サトコ
「え?」
「!」

彼女が首を傾げた瞬間、オレは指先を取ってキスをした。
何もつけていない、素の爪に。

サトコ
「ゆ、ゆびさキッス···!?」

東雲
え、ダサ···
なにそのネーミング

サトコ
「······っ」

指先に顔を近づけたまま喋ると、彼女の身体が跳ねる。

(わかりやすいくらいドキドキしてる)
(···無自覚とはいえ、さっきはオレがやられたし)

ちょっとした悪戯心と別の意味を込めてまた指先にキスをする。
そのまま手の甲に手のひらに手首に···
最後に唇を奪えば、彼女は微かに頬を染ながらオレを見上げた。

(やっぱ、この反応の方がよっぽど···)

サトコ
「あ、あの···」

東雲
いいんじゃない、無理しなくて
キミはキミらしくいれば

サトコ
「!」
「そ、それって···」
「や、やっぱりありのままの私でいいってことですか!?」

東雲
さあ

サトコ
「教えてください、歩さん···!」

東雲
ちょ、近···
近いから!

彼女がオレの言葉をどうとらえたかは分からない。

(···指先へキスする意味は『賞賛』)
(まあ、キミは知らないだろうけど)

もちろん、手の甲にも手のひらにも、それから手首にだって意味はある。
でも別に、彼女が気付かなくてもいいのだ。

(できる女とか、女子力とか、オレにとっては正直どうでもいい)

でも、ちゃんとわかってるよ。
キミが可愛くなろうと努力していることは。

Happy End

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