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おやすみのキス習慣

今週、津軽さんは出張に出ていて、この数日会えていなかった。
今日あたり帰ってくる予定だったが、特に連絡はない。
仕事に出ている間はそれが普通で、連絡がないことこそ無事な証拠でもある。

(家に着いたら、連絡くれるよね?多分···)

何度かLIDEをチェックしているけれど、メッセージはきていなかった。

(明日、登庁したら会えるかな?)
(津軽さんのことだから、朝方帰って来たんだ~とか言って、ひょっこり顔を出しそう)
(···会いたいな。声、聞きたいな···)

ベッドから天井を見上げる。
お互い何もないときはLIDEか電話をして···
津軽さんが『おやすみ』を言いに、わざわざ来てくれることもある。

(早く『おやすみなさい』って言いたいな)
(今夜は津軽さんおススメの『空飛ぶゾンビ3』でも見ながら寝よう)

サトコ
「へぇ、これまでとは監督が違うんだ」
「1も2も半分コメディみたいな映画だったから、3も···」

同じようなノリだろうと思って気軽に見始めたのだけれど···

(こ、怖い···!)
(1と2は、あんなに適当だったのに、どうして急に本格的なホラーになってるの!?)

サトコ
「あ、あ···ゾンビがインターフォン鳴らすなんて!絶対に出ちゃダメ!」

ギョウザクッションを抱き締めながら、ゾンビの動きを注視していると。

ピンポーン

サトコ
!!

部屋とテレビから同時に響いたインターフォンの音。

テレビ
『きゃあああっ!』

サトコ
ひゃああっ!?

ゾンビに襲われた女性のあまりの大きな声に、私も思わず声を上げてしまった。

サトコ
「だ、だから出ちゃダメだって言ったのに!」
「···じゃなくて!こんな時間に誰?」

オートロックではなく、直接、玄関が鳴らされた。
モニターを見てみれば、そこに映っていたのはーー

サトコ
「津軽さん!?」

津軽
津軽さんだよ

画面内で暴れ出したゾンビはそのままに、玄関へと走った。

津軽
ウサの声、共同廊下まで聞こえてたよ

サトコ
「そ、そこまで大きな声は出してません···」

津軽
じゃあ、なんで俺がウサが叫んだこと知ってるの

サトコ
「玄関の前にいたからですよ···」
「それより、帰って来たなら一言連絡くれても」

津軽
送ったよ、LIDE

サトコ
「えっ」

スマホを確認すれば、確かに『今から行くよ』というメッセージがきていた。

(ちょうど映画を観始めた頃···気付かなかった···)

津軽
恋人が出張から帰って来るっていうのに、未読スルーかー
ウサちゃんは俺より空飛ぶゾンビの方が好きなわけね

サトコ
「違いますって。今夜はもう帰ってこないと思ってたので」
「会えて嬉しいです···」

津軽
ほんとに?

サトコ
「はい」

近くにある手に触れてみると、ギュッと握られる。

津軽
いい子にお留守番してたみたいだから、ご褒美にお土産あげるよ
ウサにぴったりの買ってきたから

お土産という言葉に胸を膨らませると、差し出されたのは···

サトコ
「『オモロイ恋人』···」
「なんでやねん!」

津軽
あっはっは、期待通りの返し。さすが俺のウサちゃん

大きな手に頭をぽんぽんっとされる。

津軽
でも、ぴったりなのは、ほんとでしょ?

津軽さんの指がトントンッとするのは『オモロイ恋人』の『恋人』の部分。

(う···こんな···『オモロイ恋人』で、ときめいてしまうなんて···!)

津軽
お返事は?

サトコ
「こ、ここの部分は合ってますね」

『恋人』の部分に指を伸ばせば、指先が触れる。
重なった指に視線が落ちて、どちらともなく目が合った。

津軽
······

サトコ
「······」

(な、なんか、この雰囲気···)

見つめ合ってるだけなのに、どうしようもなく鼓動が速くなっていく。

(どうして?会うのが久しぶりだから?)
(これが···恋人の空気···?)
(恋人が出張から帰ってきた時って、どうすればいいんだっけ···?)

【カレ目線】

津軽
······

サトコ
「······」

指が触れているだけなのに全身が熱い。
ぶつかってしまった視線を、どうしていいのかわからない。

(なんだ、これ···女の子と2人きりなんて数えきれないほど経験してんのに)
(次に、どうしていいかわかんないなんて)

考えはまとまらないのに、抱きしめたい衝動に強く駆られる。
今は恋人だから、それができる。
だけど、そうしたらどうなるのか···

(疲れてるせいか?いや、そんな自覚はないけど)
(妙なことする前に、さっさと帰った方がいいな)

津軽
じゃ、お土産あげたから、津軽さんはこれで

サトコ
「あ、あのっ!」

手を引くと、ウサはすぐに俺の手を掴んできた。
見上げてくる瞳に引き留められる。

(そんな顔して···押し倒されても文句は言えないんだからな?)
(まあ、ウサが期待してるのは、こっちだってわかってるからね)
(今日はこれでこれで許したげるよ)

津軽
わかってるよ

サトコ
「え···」

もう一度こちらから手を握り直して、そっと唇を重ねた。
いつもより少しだけ長いキスのあと、軽くおでこを合わせる。

津軽
おやすみのキス
しばらく、できてなかったでしょ
ちゃんと覚えてるよ

サトコ
「あ、いえ···」

津軽
···なによ
電話でも、チューして欲しかった?

サトコ
「『空飛ぶゾンビ3』を一緒に観ませんかって、言いたかったんですが···」

津軽
!?

(早く言えよ!!そういうことは!!!)

津軽
······

サトコ
「···お、怒ってます?」

津軽
全然。ほら、俺のことより空飛ぶゾンビを観な?
ウサちゃんの大好きなゾンビだよ?

サトコ
「······」

ジトッとした目で見られたかと思ったら、突然唇が押し当てられた。

津軽
なに?急に

サトコ
「今度の出張の時は···電話でもしてきてください」
「おやすみのキス···」

津軽
···ん、いいよ

我ながら単純に絆されるなあと思いながら。
今度は出張先からも、おやすみのキスをするよ。
これが習慣になったらいい。
ーーって···思ってるから。

Happy End

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