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上司と出張先の温泉で

ここは山奥にある温泉旅館の一室。
部屋にある窓を開けると、温泉地独特の木々と土、源泉の香りが入ってくる。

サトコ
「温泉に来たって気持ちになりますね!」

津軽
すっかりご機嫌になっちゃって
1時間に1本しか来ないバスに、ぶーたれてた子は誰よ

サトコ
「1時間に1本なのに、遅れて1時間半以上も待ったから···道もガタガタでしたし」
「それに津軽さんの方が、よっぽど暇を持て余してませんでした?」

津軽
いや、そんなことないでしょ。俺、隙間時間埋めるの得意だし

今回はちょっとした都合で車ではなく公共交通機関を使って目的地まで行くことになった。

サトコ
「人の顔で百面相するのが、津軽さんの暇潰しなんですよね···」

津軽
え、あれ小顔体操だよ?
ほら、ウサの顔、ちょっと小さくなったんじゃない?

津軽さんの両手が私の頬を包んでくる。

サトコ
「またそうやって人の顔で遊んで···」

津軽
······ごめん

サトコ
「え···」

(こんなに早く素直に謝ってくるなんて···)

津軽
ウサの顔は十分ちっちゃいのにね

包んでいる手にわずかに力が込められる。

津軽
俺の両手にこんなに簡単に収まっちゃって
逃げられないね?

サトコ
「に、逃げる必要あるんですか···?」

津軽
それはウサ次第?

視線が絡まったまま、徐々に唇が近付く。
これは間違いなくキスの空気。

(わ、わかってても緊張する!)

心臓の音が大きくなりそうになるのを必死に抑えていると···

仲居
「失礼します。お荷物運んで参りました」

サトコ
「!」

津軽
······

仲居
「あら!これは本当に失礼を···っ」

津軽
いえ、こちらこそすみません。付き合って初めての温泉旅行で
荷物は適当に置いておいてください。お茶の支度も、自分たちでやりますので

私と距離を取った津軽さんは笑顔で対応し、さりげなく心付けまで渡している。

仲居
「明日は7時から朝食となっております」
「何かございましたら、フロントか客室係までご連絡ください」

津軽
ありがとう

サトコ
「ありがとうございます」

仲居
「では、失礼いたします」

仲居さんは津軽さんの顔の良さに完全に虜にされた様子で、部屋を出ていく。
同時に私はふーっと大きく息を吐いた。

サトコ
「上手くいきましたかね」

津軽
ん、上々じゃない。これで俺たちは完璧にカップルだと思ったはず
ひとりの仲居さんに知られれば、あとは自然に広まる

サトコ
「これで疑いをもたれずに調査を進められますね」

私たちが温泉地に来ているのは『恋人になって初めてのお泊まりデート♡』ではない。
隣の部屋に公安の監視対象となっている団体が泊っていて、その調査のために来ていた。

サトコ
「今夜訪れる客は私たちで最後だと言ってましたし、今のところ動きはないですね」

津軽
もう9時か···本命は明日の夜の宴会だからね
それに備えて、今夜は休んでおこ

サトコ
「はい。夕飯の時間に間に合わなかったのが残念です」
「こんな素敵な旅館なら、料理もご馳走だったんでしょうね」

津軽
ウサが夜中おなか減らすと思って、夜食はいっぱい持って来たから安心していいよ

サトコ
「···それは大丈夫です!」

(美味しい朝ご飯だけは健康な胃で食べたいから!)

サトコ
「温泉の楽しみは食事だけじゃないですもんね」
「この旅館という空間を愉しむ···これが高級旅館の客室···部屋がいくつもある!」

室内はまだ新しい建物の匂いがして、和洋室タイプの客室を見回す。

(今回は仕事だけど、プライベートで···恋人と来れたら夢みたいだろうなぁ)
(いや、津軽さんは恋人だけれども!い···ちおう)

津軽
ウサって、こういうところ泊ったことないの···

サトコ
「新米の給料舐めないでくださいよ」
「こういう部屋は旅行系DMの画像を見て楽しむものなんです」

ノンキャリ新人警察官の現実を教えながら、次なる部屋に続く引き戸を開けると···

(あ···)

畳の上に2つ並んだベッド。

(こ、ここで津軽さんと寝るんだ···)

津軽
つながってはいるけど、ダブルじゃないから

サトコ
「で、すね···」

津軽
ま、ダブルで一緒に寝たこともあるし、肩並べてうたた寝もしたし
この程度大したことないよね?

サトコ
「あ、当たり前じゃないですか。そもそも仕事で来てるんですから!」
「それに···」

津軽
知ってる?俺、君に手出せないんだけど
部下だし。銀さんには何も言ってないし

(···なわけだし)

サトコ
「一緒に見つけていきませんか?」

津軽
ん?

サトコ
「分かんない者同士、ふたりで、ふたりだけの恋人の形」

(···って話して、キスやセックスをしてれば恋人ってわけじゃないって)
(そういう結論になって)
(実際、寝るだけなら、たくさん寝てるわけだし!)
(大したことない、大したことない···)

津軽
······

サトコ
「な、何で見てるんですか?」

津軽
いつベッドの上でぴょんぴょんするのかなーって

サトコ
「子どもじゃないんですから、そんなことしませんって」
「でも、このフカフカベッドで気持ちよく寝るために、大浴場に行ってきます!」

津軽
今、大浴場、清掃の時間だよ

サトコ
「え゛」

津軽
廊下にあった看板見てなかったの?

サトコ
「見てませんでした···」

(温泉の喜びまで奪われてしまうなんて···)

サトコ
「じゃあ、部屋のシャワー浴びてきます···」

津軽
なんで部屋の露天風呂使わないの?

サトコ
「え!部屋に露天風呂が付いてるんですか!?」

津軽
ウサちゃんの大好きな旅行系DMに載ってない?『客室露天風呂』って単語

サトコ
「客室露天風呂!?どこに!?」

津軽
バスルームの横にあるドアの向こう

サトコ
「早く言ってくださいよ!それなら部屋のお風呂に入るに決まってます」

津軽
他の人の目がなければ、ゆっくり入れるしね?

サトコ
「はい!他の人を気にしなくていいので···」

(ん?でも、客室露天風呂って···)

私の頭の中をふわふわと過っていく、『カップル向けプラン客室露天風呂』のDMのコピー。

(い、一緒に入りましょうって誘うべきなの!?)

サトコ
「はああぁぁ···気持ちいい···生き返る···」

山の新鮮な空気を胸いっぱいに取り込みながら、お湯の中で思い切り手足を伸ばす。

サトコ
「極楽、極楽···」

ぷかぷかと温泉に浮いているのは、私ひとり。
結局、津軽さんに声をかけるまでもなく···

津軽
ごゆっくり~

(いつものペースで送り出されてしまった···)

サトコ
「ま、そうだよね。一緒にお風呂なんて恋人同士のすること···」
「いや、かなり進んだ恋人たちのすることだし」

視線を上げれば、澄んだ夜空に冴えた月が輝いている。

サトコ
「綺麗な月···」
「津軽さんと見たかったな···」

ぽつりと言葉がこぼれ落ちた、その時。
ざりっという音が後ろで響いた。

(え···)

津軽
呼んだ?

サトコ
!!??
「つ、つが、つがっ···っ」

津軽
満月見上げて、ウサギじゃなくてタヌキにでもなるつもり?

何食わぬ顔でお湯の中に入ってくる。

(わ、私、タオルも巻いてないんですが!)

津軽
仕事じゃなかったら、温泉に浸かりながら一杯やりたいところだよね~

サトコ
「あ、あのっ、私っ」

ここのお湯は透き通っていて。
お湯をかき集めようが、隠しようがない。

to be continued

ひとりで入ると完全に油断していた客室露天風呂に、津軽さんが何食わぬ顔で入ってきた。

(な、なんで!?一緒に入るような空気だった!?)

濁り湯などという都合のいいことはなく、慌てて背を向けた。

津軽
温泉、気持ちい?

サトコ
「は、はい。とても大変リラックスしております···」

(タオル、タオルは···っ)
(う···棚の上に置いてきたんだった···あれを取るには、一度お湯から上がらなきゃいけない)
(しかも津軽さんの視界に入らずにとるのは、かなり厳しい···)
(前は足湯に入るだけだったのに、次は混浴なんてハードルが高すぎる!!)

どうする?
どうすれば津軽さんの視界に入らず、タオルを取りに行ける?

(あの方法しかない!)

サトコ
「津軽さん、潜りっこしましょう!」

津軽
は?

サトコ
「どっちが長くお湯の中に潜れるか···の勝負ですよ!」
「一緒にお風呂に入ったら定番の!」

津軽
···ウサってお子様だよね
それに俺が5分は平気で息止められるって忘れた?

サトコ
「覚えてますよ。でも私も成長してますし、今回は勝てるかも!」
「さあさあ、やりましょう!」

津軽
背中向けたまま···おかしな子だね。いつものことだけど

サトコ
「せーのでいきますよ。せーの!」

津軽
はいはい

さぶんっとお湯が跳ねる音に合わせて、私も潜る。

(津軽さんが長時間潜れるのは好都合!)
(このまま潜ってタオルを取りに行けば、全ての問題が解決する!)

お湯を掻いて進んでいると···ぬっと津軽さんが目の前に現れた。

津軽
······

サトコ
!!??

(進む方向間違えた!?)

サトコ
「ぷはっ!」

津軽
潜るって言ってるのに、何で泳いでるの

サトコ
「そ、それは···っ、タ、タオル···っ」
「わ、私、真っ裸なんです!!」

津軽
そりゃ風呂に入ってるからね?

サトコ
「ひとりだと思ってたから油断してて···っ」

津軽
俺がお湯の中まで、わざわざ覗くって?

サトコ
「そ、そういうわけでは···っ」

津軽
そりゃ見れるものなら見たいけど?

サトコ
「見たいんですか!?」

津軽
もうちょいしたら···ね

サトコ
「え···」

急に柔らかな声が耳に届いた。
濡れて頬にかかっている髪を、そっと後ろに流される。

津軽
潜ってタオルを取りに行かなくてもいいくらいの余裕ができた頃に
それから、そういう時は俺に言いなさいよ
タオル取ってって。彼氏なんだから、それくらい頼めるでしょ

サトコ
「は、い···」

(な、何だか、津軽さんがすごく彼氏っぽい···!)
(これが···これが津軽高臣彼氏Version!?)

津軽
はい、タオル

サトコ
「ありがとうございます···」

私がタオルを巻く間、ちゃんと後ろを向いてくれている。

サトコ
「もう大丈夫です」

津軽
これでゆっくり入れるね

サトコ
「はーー」

はい···と言おうとした言葉は大きな息と共に呑み込まれた。
後ろから緩く抱きしめられたからだ。

(は、は、は···肌がっ!)

お湯でほんのりと温まった肌が肩のあたりに触れている。

津軽
肩、ガッチガチじゃない?
緊張してる?

後ろから囁かれる声がくすぐったい。

サトコ
「···してます。だって、前は足湯だったんですよ?」

津軽
だよね。俺もしてる

サトコ
「えっ」

(津軽さんも緊張してるの?)

振り返ろうとすると、後ろから頬をつかまれムギュッと前を向かされた。

サトコ
「な、なんれふか」

津軽
今はダメ

サトコ
「ダメって···」

津軽
だって今、顔見たらキスしたくなる

サトコ
「······」

(それを言ったら···)

サトコ
「津軽さん」

頬にある手をそっと取って、後ろを振り向く。
湿気で濡れた前髪は普段よりも重く、そこから覗く瞳はいつもよりずっと熱っぽく見えた。

津軽
そういう誘い方するんだ?

サトコ
「キスしたいのは津軽さんだけじゃないですよ?」
「彼女···なんですから」

津軽
···だね

確かめるように親指が唇の表面をかすめていく。

津軽
······

サトコ
「······」

(カウントしていたキスが段々数えられなくなっていく···)

恋人らしさの話をしていたけれど、これもまさに恋人らしさのひとつだと思う。

津軽
······

キスをする時、津軽さんは目を一度閉じてから必ずまた目を開ける。
私が目を瞑ったかどうか確認するためなのかもしれない。
キスの数だけ、少しずつ知っていく新しい彼のこと。

サトコ
「ん···」

またどこか、ためらいがちに押し当てられる唇。
互いの呼吸を合わせるように徐々に角度が変えられ、何度か離れては啄むキスが繰り返される。

サトコ
「んっ」

津軽
サトコ···

触れる場所が唇の端に移り、その感触に小さく肩が震えた。
唇は頬へと滑り耳へと場所を変えていく。

サトコ
「つ、津軽さん?」

津軽
耳、あっつ

サトコ
「だ、だって···え、あのっ」

(く、唇以外へのキスは予想外っ)

津軽
空気は冷たいのにね
お湯に入ってないところまで、全部熱いの?

サトコ
「わ、わ···っ」

わからない···と言いたいのに、脈打つ鼓動が喉まで塞ぐ。
軽く腕を掴んでいる津軽さんの手の感触が段々と曖昧になっていく。

津軽
首もーーー···いね

(津軽さんが何か言ってる、けど···)

湿った彼の髪が頬に触れて、それが冷たいことだけが、やけに明確に感じられて。
その分、自分の身体が熱くて、心臓はうるさくて···

津軽
サトコ?
ウサ?

(ダメ、ここでのぼせたら···タオル1枚で倒れるわけにはいかない!)

サトコ
「ふ···」
「ふぐ···」

津軽
え···ふぐ?

サトコ
「ふぐ···服···きないと···」

津軽
ちょ、そんなふらふらで歩いたら転ぶって!

サトコ
「ダ···メ···」

(のぼせて倒れるなら、服着てからじゃないと!)

ただ、それだけを考えーーいつしか、ふっと意識が途切れた。

サトコ
「ん···」

意識が戻って見えたのは、和室の天井だった。
手に感じるのはフカフカの布団···数秒かけて、ここが旅館のベッドの上だと気が付く。

(あれ?いつの間に寝たんだっけ?違う、温泉に入ってて···のぼせかけたんだ!)
(津軽さんと一緒で···え、じゃあ、私、今何着て···っ)

津軽
あ、気が付いた?

サトコ
「え」

何を着ているのか確認しようとガバッと起きたタイミングで顔を覗き込まれた。
ゴッチンッーーと響く、無慈悲な音。

津軽
~~~っ!

サトコ
「······っ」

見事にぶつかり合ったおでこに2人して頭を抱える。

サトコ
「す、すみませんっ」

津軽
······っ

私が体を起こしても、津軽さんはまだおでこを押さえていた。

サトコ
「そ、そんなに痛かったですか!?」

津軽
同じところに二度クリーンヒットすればね···

サトコ
「二度···?」

津軽
覚えてないの?フラッフラで露天風呂から上がって
意地でも自分で服着るって、それ着たの
その時に手を貸そうとした俺にドリル頭突きしたからね

サトコ
「ド、ドリル頭突き!?」

左手でおでこを押さえたまま、右手で私を指差した。

(あ···浴衣、きっちり着てる···)

津軽
半分意識を失っても自分で服着るって、どんだけ俺に裸見せたくないのって話だけど

サトコ
「そ、それは、決して嫌だからというわけでもはなくっ」

津軽
わかってるよ
今は、そういうタイミングじゃないってことでしょ

サトコ
「は、い···」

津軽
俺だって今、ウサを丸裸にしようなんて思ってないしね

ようやく痛みが引いたのか、手を外した津軽さんは私の布団の上に寝転がって来た。
布団越しの太腿に頭を乗せられ、見上げられる。

津軽
帯、結んであげたのは俺だからね

サトコ
「ありがとうございます···そして重ね重ね、申し訳ありませんでした···」

津軽
いいよ。のぼせたのは俺のせいだし

手が伸びてきて、肩にある髪をクルクルと遊んでいる。

津軽
俺に逆上せるなら、頭突きくらい何度でも受け止めたげるよ

サトコ
「!」

ロマンチックなのか、そうでないのか···判別しづらい台詞だけど。
膝枕状態で津軽さんに言われたら、ときめかないわけがない···
そもそもずっとーー
彼との恋にのぼせているのだから。

Happy End

【カレ目線】

捜査の一環で訪れた温泉旅館。
到着は遅くなり、ウサは部屋にある露天風呂に入っている。

(一緒に入るか、迷いに迷って聞かなかったよな)
(こっちから誘うべきだった?)

開いている窓から入ってくる温泉の独特の匂いを感じながら考える。

(でも前に一緒に温泉入った時は、足湯がせいぜいだったんだよな)
(それがいきなり混浴ってのもね···うん、わかるよ、わかる)

津軽
ね、まあ···うん···
······

(···けど、今は恋人なわけだし)
(あれだよな、ほら、あれ)
(UMA···じゃなかった)
(スパダリなら涼しい顔で、あとから入るんだろ?)
(俺だって、その気になれば軽いっての)

ここまで待った忍耐力を侮ってもらっては困る。
それに、そもそも···先まで進む気なんて、まだないんだから。

ーーなんて、余裕ぶった数分前の俺、出て来い。

サトコ
「キスしたいのは津軽さんだけじゃないですよ?」
「彼女···なんですから」

津軽
···だね

(理性って、なんだ?)
(ああ、秀樹くんか···)
(違う違う、今は眼鏡のことなんて考えてる場合じゃなくて)
(···いや、考えた方がいいのか?)
(思ってたよりも、ずっと余裕が···)

そう、数分前の余裕は山に飛んで行った。

津軽
······

サトコ
「······」

キスを待つサトコの上気した頬。

(こんな顔···するんだな)

女の顔。
女だから当たり前だけど、恋人だから見られる一面だ。

サトコ
「ん···」

津軽
······

(···やめとけ、これ以上は)
(続けたら···)

続けたらーー続けたらーーどこに辿り着く?
頭の芯がぐらっと揺れるような、思考が飛びそうになる感覚。
過去、危険も考えずにバイクを飛ばしていた時に、どこか似ている。

津軽
耳、あっつ

サトコ
「だ、だって···え、あのっ」

触れるサトコに耳の先。
彼女は自分のことだと思ったようだが、熱いのは俺だ。
全身熱すぎて、残ってる理性を振り絞って彼女から少しだけ身体を遠ざける。
だけど唇だけは離せなくて···

(···どうすんだよ)
(このまま···)

今はまだお湯の中で腕を掴むだけで堪えられてる手が、別の意図を持って動きそうになる。

津軽
首も熱いね

首筋にキスを落とせば、しっとりとした肌が吸い付いてくる。
鼻先が触れればお湯ではなく彼女の匂いを強く感じて、全身がドクッと脈打った。

(···マジでヤバいな)
(この辺が限界だろ)
(ウサがのぼせちゃいそうだからね···って、余裕の顔で言って)
(先にウサを上がらせて、少し時間を空けて出る)
(よし、これだ)

完璧な計画を立てて、サトコの身体を離そうとすれば···

サトコ
「ふ···」
「ふぐ···」

津軽
え···ふぐ?

(ふぐ!?この状況で、ふぐ!?)
(夜飯食えなかったこと、まだ根に持ってんの?風呂入って、腹が減ったのか!?)

サトコ
「ふぐ···服···着ないと···」

(ああ、服?ていうかウサ、すごいのぼせてない?)

津軽
ちょ、そんなふらふらで歩いたら転ぶって!

サトコ
「ダ···メ···」

津軽
俺が抱き上げてってあげるから

サトコ
「そ、そんなの、もっとダメです!タオル···張り付いて、るから···っ」

津軽
そんなこと気にしてる場合じゃなくない!?

今にも目を回しそうな顔でお湯から這い上がり、
フラフラしながらも服を着るために一歩一歩進んでいる。

津軽
とりあえず、俺に掴まって···

サトコ
「パンツ···」

津軽
はっ!?

ウサの口からパンツという言葉が出て、その視線を追ったのが悪かった。
脱衣所のカゴの中にある妙にレーシーな布に目を奪われると···
それに手を伸ばしたウサが、うっかり取り落とした。

津軽
あ···

手が伸びたのは反射的だった。

サトコ
「ダ、ダメッ!」

津軽
!?

猪突猛進の勢いで突っ込んできたサトコの頭が···俺のおでこを弾き飛ばした。

サトコ
「服···浴衣···」

津軽
ウサの何が、そこまでさせんの···

もはや執念さえ感じる本気の目だ。
新しいタオルを両手で持ってウサの身体を隠し、
気にしないような距離で、さりげなくサポートする。
当然、視線はあさってに向けたまま。

サトコ
「だって···ちゃんと考えてくれてるから···」

津軽
ん?

サトコ
「津軽さんは···恋人のこと···私とのこと···」
「一生懸命、考えて···くれてる、から···」

津軽
······っと

ふらっと揺れた身体をタオル越しに支える。
肩で息をしながらも、サトコは何とか浴衣を大雑把に羽織るところまでできたようだ。

サトコ
「だから···私も···ちゃんとしなきゃ···」
「津軽さんに失礼···で···す···」

津軽
······

ぐらっと意識を失ったサトコの身体をしっかりと抱き留めた。
浴衣越しに熱い身体は、俺の胸の奥を熱くしていく。

(俺に失礼って···ほんとに君って子は···)
(一生懸命考えてるのは、俺がちゃんとできないからって、俺のせいなのに)

津軽
ウサはいつもちゃんとしすぎてるくらいだよ
大事にするから

ベッドに運んで、浴衣を直して帯を綺麗に結ぶ。
くてっと眠るサトコの顔を見ながら、頬が完全に緩んだ。

(サトコもめちゃくちゃ意識してんだな、俺のこと)

そしてそれ以上に俺との関係を大事に育ててくれようとしていることが嬉しくて。

津軽
···好きだよ、サトコ

眠る唇の端に小さくキスをする。
君はいつだって小さなことから、驚くほど大きな幸せを俺にくれるんだ。

Happy End

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