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最愛の敵編 東雲3話

(優等生···私が?)

言葉の表面だけを受け取るなら、今のは誉め言葉のはずだ。
それなのに···

東雲
ま、当然か。もう訓練生じゃないものね
上司の言う事を、バカ正直にちゃんと聞いて
逆らうような真似なんて、一切しなくて

サトコ
「······」

東雲
ほんと、優秀な刑事に育ったよね
元教官として、嬉しく思うよ

(これは···ええと···)

<選択してください>

皮肉ですか?

サトコ
「皮肉ですか?」

東雲
さあね
キミがそう感じたなら、そうなんじゃない?

(って、笑顔で言われても···)

いちおうお礼を···

(いちおうお礼を言っておこう)

サトコ
「ありがとうございます。誉めてくださって」

東雲
······どういたしまして

(ちょっ···目!)
(ぜんぜん笑ってないんですけど!)

何が言いたいの?

サトコ
「何が言いたいんですか?」

東雲
べつに。深い意味はないけど
思いついたこと、口にしただけだし

サトコ
「···そうですか」

(とてもそんなふうには思えないんですけど)

そうこうしているうちに、地下鉄の入口が見えてきた。

東雲
じゃ、オレ、こっちだから
気を付けて帰って

サトコ
「···おつかれさまです」
「······」
「·········」

(···ダメだ、モヤモヤする!)

(さっきの、やっぱり皮肉だよね)
(今の私に対しての)

たしかに、訓練生の頃の私は「優等生」とは言えなかった。
歩さんの指示を無視して、ひったくり事件に関わったこともある。

(学校に、有毒ガスをまかれたときも···)
(「避難しろ」って言われたのに、歩さんを助けに行ったりして···)

でも、今の津軽班ではーー

津軽
今後は俺の指示以外のことはしなくていいよ
今回みたいに、無駄になっちゃう可能性が高いし
新人ちゃんは、俺の言う事だけ聞いていればいいから

(「津軽さんの言う事だけ」···それが津軽班の方針なら···)
(私にできることは、指示されたことをきちんとやり遂げることくらいしか···)

???
「あら、サトコちゃん?」

(え···)

サトコ
「あっ、莉子さん!」

木下莉子
「偶然ね。久しぶり」
「聞いたわよー。たかみーのところに配属されたそうじゃない」

サトコ
「たかみー?」

木下莉子
「高臣くんのこと」
「気を付けてね。あいつ、仕事はできるけど、女関係はグダグダだから」

サトコ
「は、はぁ···」
「でも、大丈夫だと思います」
「私、まだ名前も覚えてもらっていないんで」

木下莉子
「あら、そうなの?困った上司ね」

サトコ
「いえ···」

ふと、休日なのに莉子さんがいつもと同じ服装なのに気が付いた。

サトコ
「今日もお仕事だったんですか?」

木下莉子
「ええ。業務の合間にやっていた調査をまとめたくて」

サトコ
「じゃあ、休日返上ですか?大変ですね」

木下莉子
「いいのよ。やりたかったことだもの」

(やりたかったこと···か)

木下莉子
「どうしたの?そんなしょんぼりした顔して」

サトコ
「い、いえっ、そんなこと···」

木下莉子
「あるわよ。ほら」

電源の入っていないスマホを突き付けられる。
真っ暗な画面に映っていたのは、しょげかえった私の顔だ。

サトコ
「······すみません、その···」
「莉子さんのことが、うらやましくて」

木下莉子
「うらやましい?私が?」

サトコ
「はい。その···やりたい仕事を任せてもらえて···」
「それって、つまり実力があるからで···」

木下莉子
「······」

サトコ
「だから、なんだかうらやましいなぁって···」

木下莉子
「···実力だけじゃ無理よ」

(え?)

木下莉子
「上司に直談判したのよ、私」
「『この調査をやらせてほしい』って」

(直談判···)

木下莉子
「じゃないと『やりたい仕事』なんて、やらせてもらえないわ」
「だって、向こうは知らないんだもの」
「私が『どんな仕事をやりたいのか』なんて」

サトコ
「あ···」

(そうだ···莉子さんの言う通りだ)

(私が口にしない限り、津軽さんに伝わるわけがないんだ)
(私がどんな仕事をしたいのか、なんて)
(だったら···!)

ドアが開くなり、エレベーターに飛び乗った。
推したのは、もちろん「10階」のボタンだ。

♪ピンポーン

サトコ
「おつかれさまです、氷川です!」

♪ピンポーン、ピンポーン

サトコ
「おつかれさまです!氷川···」

津軽
やだなぁ、夜這い?
だったら、今のところ間に合って···

サトコ
「仕事をさせてください」

津軽
······

サトコ
「清掃とかお遣いだけじゃなくて」
「他の皆さんと同じ仕事をさせてください!」

津軽
······

サトコ
「今、任せてもらっているお仕事も、津軽さんなりの意図があるに違いないって思ってきました」
「でも、さすがにずーっとこのままでは『税金ドロボー』になってしまいます!」

津軽
······

サトコ
「お願いです。どうか私に、本来の仕事をさせてください!」

「お願いします!」ともう一度繰り返して、深々と頭を下げる。
耳に痛いほどの沈黙のあとーー
頭上から落ちてきたのは、意外にも「そっかぁ」という苦笑交じりの声だった。

津軽
たしかにね
今の君は『税金ドロボー』って言われても否定できないよね
ごめん。俺も配慮が足りなかったよ

(じゃあ···)

津軽
明日、朝8時に新宿区のS公園に行って
君に新しい仕事をお願いするから

サトコ
「!」

津軽
ただ、体力的にかなりキツイよ?
最後まで、ちゃんとやり遂げられる?

サトコ
「やります!任せてください!」

(やったぁっ!)

(やりました、莉子さん!)
(氷川サトコ、ようやく雑用係を卒業です!)

サトコ
「そうだ、歩さんにも···」

すぐにスマホを取り出すと、私はLIDEアプリを起ち上げた。

サトコ
「『おつかれさまです。明日から新しい仕事をします』···」
「『直談判したら、津軽さんがオッケーをくれました』送信っと···」

ピンポーン!

(えっ、もう返信?)

ーー「直談判?いつ?」

サトコ
「いつって···」
「『さっきです。直接会ってお願いしました』送信···」

ピンポーン!

サトコ
「早っ」

ーー「会う?どこで?」

サトコ
「どこって、家···」
「あっ!」

(そういえば、同じマンションに住んでるって言ってなかったような···)
(どうしよう、返信···)

<選択してください>

正直に話す

(よし、今、説明しよう)
(べつにやましいことはないんだし)

サトコ
「『マンション、同じなんです』···」
「『なので、玄関先で交渉しました』送信···」
「······」
「·········」

(こ、今度は返信が来ないんですけど)
(ていうか「既読」すらつかないですけど!)
(もしかして、寝ちゃったのかな)
(それとも、まだ仕事中だったとか?)

その話はまた後日···

(とりあえず、あとで説明すればいいよね)

サトコ
「『その話はまた後日』···」

ピンポーン!

サトコ
「あれ、先に返信が···」

ーー「ナシだから、『後日』は」

(バレてる!完全に読まれてるんですけど!)

慌てて、私は津軽さんが同じマンションに住んでいることを伝えた。
けれども、そのメッセージには「既読」がつかなくて···

(もしかして、寝ちゃったのかな)
(それとも、まだ仕事中だったとか?)

リンゴの絵文字で誤魔化す

(ここは誤魔化そう、うん)

サトコ
「じゃあ、ええと···リンゴの絵文字を連打しようかな」
「リンゴリンゴリンゴリンゴリンゴ···送信っと!」

(これで誤魔化せたかな)

ピンポーン!

サトコ
「あ、やっと返信···」
「ぎゃっ!」

(なにこれ!桃の絵文字で「怒」って···!)

サトコ
「や、やっぱりちゃんと説明しよう」
「なんかめちゃくちゃ怒ってるっぽいし」

仕方なく、私は津軽さんが同じマンションに住んでいることを伝えた。
けれども、今度は「既読」すらつかなくて···

(もしかして、寝ちゃったのかな)
(それとも、まだ仕事中だったとか?)

サトコ
「じゃあ、仕方ないか」

(あ、でも、もう1通だけ···)

サトコ
「『早く歩さんに追いつくので待っていてください!』···」
「送信···っと」

送ったメッセージを確認して、私は大きく背伸びをした。

サトコ
「さ、明日から頑張るぞー!」

(でも、どんな仕事をするんだろう)
(「体力的にキツイ」ってことは、やっぱり尾行かな)
(それとも張り込みとか?)
(ま、いいや。明日現場に行けばわかるはず···)

翌日、朝8時。

(ここだよね、S公園って)
(津軽さんは···)

すると、背後からスッとサングラスをかけた男性が近付いてきた。

強面の男
「あんたか?津軽の部下は」

サトコ
「···っ、は、はい」

(···なに、この人)
(どう見てもカタギの人じゃないよね?)

強面の男
「······」

(しかも、めっちゃくちゃジロジロ見られてるんですけど!)

強面の男
「···まあ、いい。付いてこい」

サトコ
「えっ、どちらへ···」

強面の男
「倉庫に決まってるだろうが!」

(そ、倉庫!?)
(いったい、どんな取引が···)

1時間後ーー

強面の男
「はーい、みんなー。覚えたかなー?」
「『横断歩道は、手を上げて渡りましょう』···ハイ!」

子どもたち
「横断歩道はー、手を上げて渡りましょー!」

強面の男
「はーい、よく出来ました」

(···まさか、あの人が交通総務課の人だったなんて)
(どう見てもヤクザか、百歩譲って『組織犯罪対策部』の刑事···)

強面の警察官
「それじゃ、ウサギさんから風船を貰おうね」

(あ、出番だ)
(よいしょ···っと)

子ども1
「ウサギだ、やっつけろー」

(ええっ?)

子ども1
「スペシャルキーック!」

子ども2
「スーパーパーンチ!」

サトコ
「痛たっ、痛たたたっ」

強面の警察官
「ああ、ダメダメ。ウサギさんに乱暴しないでね」

子ども1
「乱暴してねーもん!やっつけてるだけだもん!」

(やっつけないで!ただの着ぐるみだから!)
(今日は、交通イベントの手伝いに来ただけだから···!)

???
「あれ、おかしいなぁ」

(···うん?)

キラキライケメン
「おねーさん、ポーピくんは?」

サトコ
「!!!」

(この人、いつかのキラキライケメン!)

サトコ
「え、ええと···ポーピくんは、たぶん倉庫···」

すると、強面の警察官がものすごい勢いで私を突き飛ばした!

強面の警察官
「ごめんね!ポーピくんは、警視庁で仕事中なんだ!」
「東京都の治安を守るために今日も頑張ってるから!」

キラキライケメン
「そっかぁ。じゃあ、仕方ないね」
「ポーピくんによろしく!バイバーイ」

強面の警察官
「バイバーイ」
「···あんた、今『倉庫』って言おうとしたな?」

サトコ
「い、いえ、その···」

強面の警察官
「ポーピは仕事中だ。ガキの夢壊すんじゃねぇ!」

サトコ
「す、すみません!」

(でも、あの人、もう「ガキ」って年齢じゃなかったような···)

子ども3
「ウサギ、早く風船寄こせよ!」

子ども4
「青!オレ、絶対青がいい!」

サトコ
「待ってね。今、順番に···」

子ども1
「スーパー・スペシャルキーック!」

サトコ
「痛っ!」
「ダメ、飛び蹴りは禁止···っ」

こんな調子で、イベントは夕方まで続きーー

サトコ
「はぁぁ···」

(よかった、今回は倒れずに済んで)
(訓練生の時は、途中で倒れて、歩さんに膝枕してもらったよね)
(そう考えると、私も随分成長して···)

サトコ
「······」

(···本当に成長してるのかな、私)
(任されるのは、公安の業務と関係のない仕事ばかりなのに)

スマホを取り出して、メールを確認する。
けれども、仕事関係の連絡は何ひとつない。

(まさか、明日も同じ仕事···)

サトコ
「···っ!」

(そんなことない。きっと今日だけだよ!)
(昨日級にお願いしたから、これしか任せようがなかっただけで···)

サトコ
「ただいま戻りました」

いつも通り挨拶したものの、先輩方が顔を上げることはない。

(···いいけど。こんなの、もう慣れちゃったし)
(それより、津軽さんは···)

サトコ
「19時戻り、か」

(それまでに報告書をあげよう)
(それで、明日の業務について聞かなくちゃ)

サトコ
「···ふう、これでよし、と」

(ちょっと時間がかかっちゃったな)
(津軽さんは···)

サトコ
「あれ、まだ戻って来てない?」

(報告書、どうしよう)
(みんな、机の上のケースに置いて帰ってるっぽいけど···)

提出する際の体裁を確認したくて、ファイルをひとつ手に取った。

(あ、付箋を貼って、一言添えるだけでいいんだ)
(なんだ、駐在所の時と同じ···)

サトコ
「···うん?」

ふと、クリアファイルに入っていた資料に目がいった。

(宗教団体「伸有道」?)
(なんて読むんだろう。「じんゆうどう」···「かみありみち」···)

サトコ
「あっ」

ファイルを傾けていたせいか、写真が1枚、ひらりと床に落ちた。

(マズい、戻さないと···)

サトコ
「···あれ?」

(この写真の女の人、どこかで見たような···)
(どこだっけ···ええと······)

???
「ウーサちゃん」

(たぶん···割と最近だったような······)

???
「なにしてるの、ウサちゃん」

スッと、上からクリアファイルを取り上げられた。

サトコ
「···っ、なにを···」

(って、津軽さん!?)

津軽
どういうこと?
どうして君が、このファイルを持っているのかな?

顔は笑っているのに、声だけが驚くほど低い。
まるで、恫喝されているみたいだ。

サトコ
「す、すみません、あの···」
「提出書類の体裁を確認したくて···」

津軽
いいよ。そんなの、気にしなくても
付箋を貼って、ここのボックスに入れておいてもらえれば

津軽さんは、コツコツと机の上のファイルボックスを叩いた。

津軽
···で、君は何を提出するの?
『ウサちゃん活動日記』?

サトコ
「!」

(活動日記って···!)

さすがに、頭に血がのぼりかける。
それでも、なんとか抑え込んだのは、相手が上司だったからだ。

(落ち着け···ここは冷静に···)

サトコ
「本日の『報告書』です。確認お願いします」

津軽
うん、ありがとう

サトコ
「それと、明日の業務ですが···」

津軽
あーうん···そうだね···
じゃあ···

津軽さんは、メールソフトを開くと、受信メールをざっと確認した。

津軽
···ああ、これなんてどう?
『広報誌を整理します。手の空いている人は、明日13時に』···

サトコ
「それは別部署の仕事じゃないですか!」

津軽
でも『皆さんと同じ仕事』だよ?

(え···)

津軽
君が言ったんじゃない、『皆さんと同じ仕事をさせてくれ』って
だから、『交通総務課』や『広報室』の皆さんと同じ仕事をふってるんだけど

言葉が、出てこない。
からかわれているのか、本気なのか。
津軽さんの意図が、まったく掴めない。

津軽
納得した?
それじゃ、明日は広報室のお手伝いってことで···

サトコ
「待ってください!」

(ダメだ、ここで引き下がったら)
(ちゃんと伝えないと、ずっとこのままだ)

サトコ
「すみません、言葉が足りませんでした」
「私がまかせていただきたいのは、公安刑事としての仕事です」

津軽
······

サトコ
「この2年間、公安刑事になるための勉強と訓練を受けてきました」
「そのための基礎は、しっかり叩き込まれてきたつもりです」

津軽
······

サトコ
「ですから、どうか···」

津軽
うーーんっ

いきなり、津軽さんは大きく背伸びをした。
まるで、私の訴えは「聞く価値がない」とでも言うかのように。

サトコ
「あ、あの···」

津軽
ウサちゃんさぁ、そういうところ

(···え?)

津軽
そういうの、いらないんだよね。俺としては

サトコ
「···いらない?」

津軽
そう。その2年間

津軽さんの目が、スッと細くなった。
まるで、私の心の中を探るみたいに。

津軽
忘れちゃってよ。公安学校時代のことは
いろいろ邪魔だから

to be continued

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