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最愛の敵編 東雲7話

報告をしている間、上司の顔を見ることができなかった。
それくらい「マズいことをした」という自覚があった。

津軽
なるほど、君の言い分としては···
俺の命令を守るつもりではいた···
でも、相手が拳銃を出してきたから、次女を助けようと飛び出した

サトコ
「···はい」

津軽
それで?
君が奪おうとしていた拳銃、ちゃんと確認した?

サトコ
「······はい」
「ただのモデルガンでした」

(そう、あのとき···)

男が落とした拳銃が、床に落ちたときに気が付いたのだ。
あまりにも、落ちたときの音が軽かったから。

津軽
じゃあ、分かるよね?
どうして俺が『待機しろ』って言ったのか

サトコ
「······」

津軽
アイツらの凶器が『偽物』だって情報は既に入っていた

(え···)

津軽
ついでに、今回の狙いが『誘拐』であることもね
だから、そこまでを想定してこっちは作戦を···

サトコ
「ま、待ってください!」

(偽物?誘拐?)

サトコ
「そんな情報、私は聞いていません!」

津軽
必要ないからね

サトコ
「!」

津軽
君の任務は『セキュリティ解除』だけだ
それ以外は命令していない

(それは、そうかもしれないけど···っ)

津軽
まぁ、次女が地下で襲われたのは想定外だったよ
まさか、地下でこっそり動画撮影をしていたなんてね

サトコ
「······」

津軽
そこに気付かず、VIP病棟に人を固めたのは俺のミスだ
けどね···

津軽さんの冷ややかな眼差しが、私を射すくめた。

津軽
あのとき、君がおとなしくモモたちの到着を待っていれば···
犯人は無事に逮捕、さらに思想団体への捜査に踏み切れた···
そう思わない?

サトコ
「···思います」

津軽さんの指摘通りだった。
私が動かなければ、きっと状況は変わっていた。

津軽
じゃあ、なぜ飛び出した?

サトコ
「ですから、それは犯人が拳銃を取り出したからで···っ」

津軽
······

サトコ
「拳銃は、たった一発で人を殺せます!」
「それに、ケガだった場合でも出血がひどければ」
「彼女は輸血をするはめに···」

津軽
輸血?

サトコ
「そうです、輸血···」

(···しまった!)

津軽
たしかに、次女は輸血をされれば後継者にはなれない
でも、その情報、君に伝えた覚えはないんだけど

地を這うような低い声に、私は何も言い返せない。

津軽
まさか、捜査資料見たの?
潜入捜査中に?警察庁に戻って?

サトコ
「そ、それは···」

津軽
まさか、それがご法度だって公安学校では教わらずに···

サトコ
「教わっています!ちゃんと教わりました!」

津軽
じゃあ、わかっていた上で戻ったわけだ
それで間違いないね?氷川

久しぶりに呼ばれた本名に、胃が縮みそうになった。
それくらい、津軽さんの声には怒りが滲んでいた。

津軽
···わかった。明日中に報告書と始末書を提出して
それと···
潜入捜査には、もう行かなくていいから

弁解も反論も、許されなかった。
といより、もはや何も思いつかなかった。

サトコ
「このたびは申し訳ありませんでした」

ただ頭を下げることだけが、今の私にできる精一杯だった。

潜入捜査から外された私を待っていたのは、またもや雑用の日々ーー
ですら、なかった。

サトコ
「おつかれさまです。何かお仕事は···」

津軽
んー特にないかな
ま、適当に時間を潰しててよ
余計なこと、一切しないでね

サトコ
「···わかりました」

(···まただ)

(これって、いわゆる「肩たたき」なのかな)

警察官は、よほど厳しい懲戒処分を食らわない限り、クビになることはない。
どんなに仕事ができなくても、解雇の対象にはならないのだ。

(だから、辞めさせたい人間には「肩たたき」にあうって聞いたことがあるけど···)
(今の私って、まさにそんな感じ···)

鳴子
「あれ、サトコ?」

(あ···)

鳴子
「偶然だね。今からお昼?」

サトコ
「あ、うん···」

鳴子
「じゃあ、一緒に食べよう!もうお腹ペコペコでさー」
「って、サトコ、おにぎりとサラダだけ?」

サトコ
「うん、まぁ···あまりお腹空いてなくて···」

鳴子
「······」

サトコ
「···えっ、なに?ジッと見て···」

鳴子
「いや、なんていうか···」
「サトコも疲れてるっぽいなぁと思って」

サトコ
「えっ、そんなことは···」

鳴子
「そっか、やっぱりそっちも忙しいかぁ」
「私も、ずーっと出ずっぱりでさ」
「こうしてゆっくりお昼を食べるのも、久しぶりだよ」

サトコ
「······そっか」

鳴子
「ってことで、こういうときこそ、たくさん食べないとね!」
「それじゃ、いただきます!」

サトコ
「···いただきます」

(すごいな、鳴子···期待されてるんだな)

鳴子
「そうだ!最近ハマってる携帯食があってさ」
「『一本充足バー』のチョコバナナ味、張り込み中に超便利で···」

(鳴子も千葉さんも、ちゃんと周囲に認められてる)

(なのに私は、もはや雑用すらさせてもらえなくて···)
(すっかり、ただの「税金泥棒」で···)

サトコ
「歩さんのおかげだったのかな」

ずっと「歩さんと肩を並べたい」と思っていた。
そのつもりで、2年間頑張ってきたつもりだった。

(でも、実は全然そんなレベルじゃなくて···)
(ずーっと、歩さんが支えてくれてたのかも)

(結局、私って、ただの「ウラグチ」だったんだな)

サトコ
「···お先に失礼します」

捜査員たち
「「······」」

(いっそ、長野に帰ろうかな)
(私に「刑事」なんて無理だったみたいだし···)

???
「···氷川先輩?」

(え···)

宮山隼人
「やっぱり!お久しぶりです」

(宮山くん···)

サトコ
「···そっか、あゆ···東雲さんを訪ねてきたんだね」

宮山隼人
「そうなんです」
「あの人、担当コマ数が減ったから、学校にあまり来てくれなくて」
「新人の指導も、俺に任せっきりだし」

(うわ、去年と同じパターン···)

宮山隼人
「で、そっちはどうですか?」
「エリートコースまっしぐら、ってウワサ聞きましたけど」

(うっ···)

胃の辺りが、絞られるように痛い。
けれども、そんな姿を後輩には見せたくない。

サトコ
「そ、そうなんだ!」
「もうね、バリバリ!バリバリの堅焼き煎餅レベルで活躍···」

宮山隼人
「みたいな発言をするときって、だいたいただの空元気ですよね」
「先輩の場合」

(ぐっ、鋭い···)

宮山隼人
「でも、心配はしてないです」
「先輩のそばには『あの人』がいるわけですし」

(「あの人」···)

それが、誰を指しているのかはすぐにわかった。
だからこそ、ますます胃がギュウッとなった。

宮山隼人
「ま、あと1年待っててください」
「俺も、先輩と同じ部署への配属狙ってますんで」
「そしたら俺がフォローしますよ。『あの人』以上に」

サトコ
「······ありがとう」

(「フォローする」か)
(宮山くんの目から見ても、今の私ってフォローが必要なんだな)

サトコ
「はぁぁ···」

(どうして命令を守れなかったんだろう)
(どうして飛び出してしまったんだろう)

(あのとき我慢していたら···)
(モデルガンに惑わされなかったら···)
(ううん···それよりもっと前···)
(勝手に「捜査資料」を盗み見しなかったら···)

(そうしたら、今頃私は···)

ふと、スマホの着信音が鳴り響いた。
ディスプレイに表示されていたのは···

<選択してください>

津軽の名前

(津軽さんだ···)
(もしかして、任務の話!?)

サトコ
「はい、氷川です!」

津軽
···氷川?
ああ······ごめん、間違えた
君に用はないから。じゃあ

ブツッ···

(···やっぱりないか、任務の話は)
(ていうか「用はない」って···あんなはっきりと···)

東雲の名前

(歩さん!?)
(どうしよう···今、歩さんと話すのは···)
(でも······)

サトコ
「···はい」

黒澤
あーサトコさんー?
こんばんはー、公安期待の元新人・黒澤···

東雲
バカ、返せ

プツッ···

(なんだ···ただの酔っ払い電話···)
(ていうか私、歩さんに何を話すつもりで···)

非通知設定

(え、非通知?)
(まさか、職場から···?)

サトコ
「···はい」

???
「突然だが、君をエージェントにスカウトしようと思う」

(え、えーじぇんと?)

???
「まずは、これから伝えるビルの最上階にて、君の···」

サトコ
「す、すみません。たぶん間に合ってますんで」

プツッ···

(エージェントって「転職エージェント」とかかな)
(間違い電話にしても、いろいろ堪えるんですけど···)

サトコ
「あーーっ!」

(わかんない、わかんないよ!)
(これから私、どうしたらいいんだろう···)

数日後ーー

サトコ
「おはようございま···」
「うわっ」

(なんでいきなり···)

サトコ
「あの、なにか···」

百瀬
「津軽さんからの伝言だ」

百瀬さんから渡されたのは、1枚のメモだった。

ーー「10時からの交通総務課の手伝いに行ってきてね、もちろん直帰でOK。ヨロシク」

(交通総務課ってことは···)

強面の警察官
「みんなー、歩道を渡るときは?」

子どもたち
「右みてー、左みてー、右!」

強面の警察官
「はーい、そのとおり。よくできました」

司会役の警察官に合わせて、バタバタと拍手する。
久しぶりに着た着ぐるみは、相も変わらず汗くさい。

(でも、まだマシだよね)
(これって、ちゃんとした「仕事」だもん)

たとえ本来の業務じゃないとしても、それでも···

(今、私にできるのがコレだっていうなら···)

子ども1
「スペシャルキーック!」

子ども2
「スーパーパーンチ!!」

(痛っ、さすがに不意打ちは···)

強面の警察官
「こらーっ!まだお話の途中···」

子ども1
「うっせぇ、ジジイ!」

子ども2
「早くウサギやっつけようぜ!」

(やっつけないで!)
(悪者じゃないから!ただの着ぐるみだから···っ)

サトコ
「はぁ···はぁ···」

(ダメだ···もう動けない···)
(ていうか、今日の子どもたち、容赦なさ過ぎ···)

子ども1
「なんだよ、超楽勝じゃん」

子ども2
「弱っちいな、このウサギ」

子ども3
「こいつ悪者のくせにぜんぜん使えねぇじゃん!」

(だから、悪者じゃないだってば···)

子どもたちの足音が遠ざかっていく。
しばらくすると、司会担当の警察官が近付いてきた。

強面の警察官
「大丈夫か、アンタ」

サトコ
「は、はい···なんとか···」

強面の警察官
「ったく···本当ならゲンコツのひとつでも見舞ってやりてぇが」
「このご時世、いろいろうるさくてな」

(ですよね···)

強面の警察官
「次のビラ配りは1時間後だ。それまで休んでいてくれ」
「···ああ、着ぐるみ脱ぐなら駐車場でな」

サトコ
「わかりました」

(無理···駐車場に行く体力残ってないよ···)

やむを得ず、すぐそばのベンチに腰掛ける。
背もたれに寄り掛かった途端、ドッと疲れが出てきた。

サトコ
「ダメだ···しんどい···」

(今日って「直帰OK」だったよね)
(もしかして、津軽さん···こうなることがわかっていたとか···)

そこまで考えたところで、虚しさに襲われた。
だって、それはあまりにも「私に都合のいい理由」だ。

(わかってるよ、本当は)

なぜ、直帰OKなのか。
警察庁に戻ったところで、私の仕事がないからだ。

(上司には「何もするな」って言われて···)
(子どもたちには「使えない」ってバカにされて···)

サトコ
「何やってるんだろう、私···」

(やっぱり、長野に戻ったほうがいいのかな···)

???
「隣、いいかな?」

サトコ
「あ、はい···」

(って、マズい)
(着ぐるみの中なのに、つい返事···)

サトコ
「!!」

(えっ、な······っ)
(なんでここに!?)

東雲
······

(しかも、めっちゃ見てる!)
(こんなに見られたこと、一度もないんですけど!)

東雲
···休憩中?

危うく「はい」と言いかけて、すぐさまブンブンと首を振った。

東雲
だったら、ちょうどいいか
聞いてよウサギさん。オレの元部下の話

(え、それって···)

東雲
バカだ、バカだと思ってたけど、ほんとバカな子でさ
最近、念願の部署に配属されたんだけど
ろくに仕事を任せてもらえないらしくて

(うっ、ダメージ100···)

東雲
しかも、ようやく任務に関われたと思ったら···
いろいろやらかして、結局外されて
噂では『もはや異動寸前』なんだって

(い、今のでダメージ1000···)

東雲
ほんとね、がっかりしたよ

(あーあーあー)
(聞きたくない!それ以上はもう無理···っ)

東雲
オレ自身にね
どうしようもなく、がっかりした

(······え?)

東雲
オレはね、ウサギさん···自信を持って彼女を送り出したんだ
彼女が、オレの部下だった2年間···
できる限りのことを教えた自負があるからね

サトコ
「······」

東雲
なのに、彼女は今、自信を無くしてる
世界が終わったみたいな悲壮な顔をして···
毎日おとなしく上司の言いなりになってる
事件そのものは、まだ終わっていないのに

サトコ
「···っ」

(それは···っ)

東雲
でも、その責任の一端は、オレにあるよね
オレが教えたこと、彼女は信じられなくなったから
今も事件に背を向けて、グズグズくすぶってるわけで

(そんなことない!)

今すぐ、そう叫びたかった。

(歩さんは悪くない!)
(自分に自信がないのは、私が未熟だからで···)
(あくまで「私自身の問題」ってだけで···)

東雲
それでも信じてるけどね、オレは
彼女が今回の任務をまっとうする、って

サトコ
「!」

東雲
たとえ、今は外されていたとしても···
必ず、彼女は現場に復帰する
事件を途中で投げ出して、知らん顔なんてしない

サトコ
「······」

東雲
何より···
別名『長野のすっぽん』だからね、うちの彼女

(歩さん···)
(歩さん、歩さん、歩さん···っ)

胸が、ギュウッと苦しくなった。
だから、精一杯、歯を食いしばった。
だって、着ぐるみのウサギは···
東雲教官の「元補佐官」は、こんなことで泣いたりしないのだ。

東雲
···さすがに長居しすぎたかな
忘れて。今の話は
ただの戯れ言だから

そう言って立ち上がった歩さんに、私は···

<選択してください>

深く頭を下げた

深々と、頭を下げた。

(ありがとうございます、歩さん!)
(私、忘れません。今日伝えてくれた言葉、絶対に···)

東雲
···バカ。早く顔上げなよ
倒れるよ、頭に血が上って

中指をたてた

ありったけの想いを込めて、私は指を立てた。

(ありがとうございます、歩さん!)
(おかげさまで、なんだか元気が湧いて···)

東雲
···なにそれ
ケンカ売ってるの?

(ケンカ···?)
(ああっ、親指のつもりが、中指を···)

慌てて、親指を立て直す。
歩さんは、呆れたように溜息をついた。

東雲
···ほんと、おっちょこちょいだね
最近の着ぐるみは

(すみません···)

抱きついた

(歩さん、好きです!大好き···っ)

東雲
···え···
ちょ···キミ···っ

ガツンッ!

東雲
痛っ···

(しまった···)
(ハグするはずが、まさかの頭突きに···)

東雲
···あり得ない。こんなの
鼻血出そうだったんだけど!

(すみません、すみません!)
(本当にすみません!!)

東雲
ったく···

東雲
それじゃ、頑張って。ウサギさん

去っていく歩さんの後ろ姿を、私は着ぐるみの中から見送った。

(歩さんは、いつも私に元気をくれる)
(いつでも···教官じゃなくなった今でさえも···)

でも、それではダメだ。
このまま、支えられてばかりではダメなのだ。

(私はバカだ)
(バカで、失敗ばかりで、それでも···)

サトコ
「このまま終わってたまるか」

(私は「長野のすっぽん」なんだから!)

その日の夕方ーー

サトコ
「すみません!そこの栄養ドリンクください!」

店員
「えっ、そこのって···」

サトコ
「その『マムシ・スッポン!今夜も元気!』ってヤツです!」

店員
「は、はぁ···」

会計を済ませ、お店を出ると、すぐに1本をグッと飲み干した。

(···よし、元気出た)
(あとは···)

津軽
···ふわぁ
ヤバ、眠い···
モモ~、コーヒー···

サトコ
「失礼します」

津軽
うわっ
え、ええと···どうしたの、ウサちゃん?
今日は直帰でいいって···

サトコ
「もう一度チャンスをください」

津軽
······はい?

サトコ
「私を、捜査に戻してください!」

to be continued

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