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愛の試練編 加賀5話

津軽さんからもらった地図を頼りにやって来たのは、どうやら射撃場だった。

(ここで何をすればいいんだろう···まさかひとり射撃の練習をするわけじゃないよね?)
(ハッ···そういえば、刑事ってことは銃を撃つの?わ、私が?)

そのとき、ひとりの男性が射撃場にやってきた。

後藤
氷川、怪我は大丈夫か

サトコ
「あ···私をご存知なんですか?」

後藤
···ああ。学校時代からよく知っている
そうか···本当に記憶がないんだな

サトコ
「すみません。なんとか思い出したいんですけど」

後藤
いや、謝らなくていい
俺は後藤だ。アンタに射撃を教えるように言われた

サトコ
「射撃かぁ···やっぱり、私も銃を持つんですよね」

後藤
ああ。怖いかもしれないが、慣れてもらうしかない

(銃を持ってる自分なんて、想像できない···)
(今は素人みたいなものなのに、私が銃を持っていいのかな)

後藤さんに教えられるまま、射撃の練習を始める。
でも自分でもびっくりするくらい、まったく的に当たらない。

(それに、撃った時の衝撃が怖すぎて···!)
(これ、本当にちゃんと撃てるようになるの?)

サトコ
「あ、そういえば···津軽さんが、私に護衛をつけるって言ってたんですけど」
「もしかして、それって後藤さんのことですか?」

後藤
いや、アンタの護衛は···

ガッ!

突然、背後から頭を鷲掴みにされた!

サトコ
「な!?」

加賀
テメェの護衛は俺だ

(ぎゃーーーーっ)

サトコ
「はっ、離してください!絶対嫌です!」

加賀
テメェに選ぶ権利はねぇ

サトコ
「車いす蹴ったり壁ドンしたりする人なんて。信用できません···!」
「チェンジ!チェンジプリーズ!」

後藤
氷川···それだと『両替してください』だ

加賀
チェンジもキャンセルもねぇ。諦めろ

ようやく頭から手を離してくれたかと思うと、加賀さんはおもむろに煙草に火を点けた。
そして、ふーっと私に思い切り煙をかける。

サトコ
「けほっ···何するんですか!」

加賀
んなところに突っ立ってるからだろ

サトコ
「私の方が先にここにいましたよね!?」

後藤
加賀さんは学校時代、アンタの指導係だった
俺たちよりもアンタを知ってる。大丈夫だ

サトコ
「でっ、でも···」

(津軽さんが言ってた『私をよく知ってる人』って、この人のことだったの!?)
(これなら、津軽さんの方がずっとマシだ···!)

不安しかない私を置いて、後藤さんは射撃場を出て行ってしまった···

ふらふらと歩き、近くのソファに座り込む。
疲れ果てた身体を背もたれに預けると、この数日のことが蘇った。

サトコ
「加賀···さん、コーヒー買って来ました」

加賀
これじゃねぇ
クズが。ブラックなんざ買って来やがって
黒澤、飲め

黒澤
えーっ、オレもブラック派じゃないんですけど

加賀
名前が黒いんだから飲めるだろ

(すごい理屈···)
(って、なんで私がこんな、加賀さんのパシリみたいなことを)

加賀
この書類もやっとけ

サトコ
「えっ?これ、加賀···さんの班のじゃ」

加賀
文句あんのか

(こ、怖い··· “ 私 ” って、いつもこんなの堪えてきたの?)

加賀
それが終わったら射撃場だ

サトコ
「また射撃の練習ですか···?私、一向に上達しないんですけど」

加賀
上達しねぇからやるんだろうが
ついでに、これ運んでこい

サトコ
「そんな、いっぺんに言わないでください···!ひとつひとつ片付けますから!」

加賀
使えねぇ···下っ端以下か
クズの上に愚図だな。どうしようもねぇ

(確かに今の私は、あんまり戦力にならないかもしれないけど···)
(これはひどい!ひどすぎる!)
(射撃訓練だって毎日やらされてるけど、全然当たらないし)

私の中の加賀さんのイメージは、車いすを蹴っ飛ばす以上の恐怖へと変わっていった。

···ということが、加賀さんが私の護衛になってから毎日続いている。

(とにかく、パワハラがすごい···以前の “ 私 ” もそうだけど、よくみんな耐えてるな···)
(ちょっと反論しようとしただけで、殺しそうな目で睨んでくるし···)

サトコ
「魔王···悪魔···鬼畜···」

東雲
何やってんの

サトコ
「わあ!?」

いつか廊下で声をかけてきたサラサラヘアーの人が、突然顔を覗き込んできた。

(ええと···確か、東雲さんだよね)

サトコ
「あの、お疲れさまです、東雲さん」

東雲
そうやってると、記憶がないなんて思えないね
もしかして戻った?

サトコ
「そうだったらいいんですけど···」
「でも記憶があってもなくても、加賀さんのパワハラからは逃れられない···」

東雲
ふーん。それで疲れてるの

サトコ
「毎日毎日こき使われて、パシられてるんです···意味のない射撃訓練もやらされるし」
「加賀さん、どうして私の護衛になったのかな。私のこと、絶対嫌ってるのに」

東雲
そう思う?

サトコ
「間違いないです。まあ、私も相当苦手ですけど」

東雲
んー···兵吾さんのことではっきりしてることと言えば
記憶があろうとなかろうと、本当だったらキミが近付けるような人じゃないってこと

サトコ
「それは、階級的に···?」

東雲
存在的に
警察庁警視、キャリア組。警察庁女性調べでは “ 抱かれたい男ナンバー1 ” 

サトコ
「···最後の、関係あります?」

小さく溜息をつき、東雲さんはぐるりとロビーを見渡した。

東雲
キミね、邪魔者扱いされてる自覚ある?

サトコ
「え?」

東雲
ただでさえ、女が銀室に入るのに反発してる人たちがいるってのに
そのうえ記憶を失って、公安課の一部に相当疎まれてるよ

(そ、そうだったの···?)

記憶がない中でやっていくことに必死で、そこまで気付けていなかった。

東雲
さらに、兵吾さんにはかなり根強い信者がいる

サトコ
「信者···?」

東雲
もちろん男だけどね。あの人、手柄の立て方がハンパじゃないから
そういう刑事たちからすると、キミの存在は面白くない
目を離すと、余計な面倒事がキミに降りかかるかもしれない

サトコ
「···それで、加賀さんが私を護衛してくれてるんですか?」

東雲
防波堤のつもりじゃない?
だから今、誰もキミに手を出せないってわけ

<選択してください>

気のせいでは?

サトコ
「···気のせいでは?」

東雲
そう思いたければ、どうぞ
わからないならわからないで、キミらしい気もするし

(これ絶対、褒められてないな···)

そんなの信じられない

サトコ
「そんなの信じられないです。加賀さんの態度だって、鬼みたいなのに」

東雲
しょうがないんじゃない?それが通常営業なんだから
優しい兵吾さんなんて、逆に怖いし

サトコ
「私は、できる限り優しい方がいいです···」

どうして加賀さんがそこまで

サトコ
「でも、どうして加賀さんがそこまで···」

東雲
さあ
ちょっと考えれば、わかるはずだけどね

(私が加賀さんの弱みを握ってるとか···?)
(いや、それはないな。だとしたらあんな横暴なわけないし)

東雲
記憶がある頃のキミなら、意味ないって思ってる射撃訓練も
『加賀さんならきっと考えがあるはず』って愚直に思うはずだけど?

サトコ
「でもそれは、記憶がある頃の私の話で···」

東雲
ま、どう考えるのもどう捉えるのも、キミの勝手だけど

とん、と私のおでこを指で押して、東雲さんはロビーを出ていった。

(加賀さんが、私を守るために防波堤に···?)
(どうして···あの人がそんなことをする必要ないのに)

刑事1
「おっと、記憶喪失の刑事が歩いてくるぜ」

刑事2
「加賀警視も大変だよなあ。あんな足手まといの面倒を見なきゃならないなんて」

近くから聞こえてきたイヤミっぽい声に、思わず立ち止まった。

(···今の、私のことだよね)
(もしかしてあの人たちが···加賀さんの信者?)

言い返そうにも、今の私には言うことができない。
悔しい気持ちを押し殺し、聞こえなかったふりをして歩き出そうとした時ーーー

加賀
おい、氷川

(ひぃ···)

地を這うような低い魔王の声が聞こえて、私を揶揄していた刑事たちがあとずさる。

サトコ
「あの···な、なんでしょう?」

加賀
誰がプリン買ってこいっつった

サトコ
「···へ?」

つかつかとこちらに歩いてくると、加賀さんは正面から私の頭を掴んだ。

サトコ
「痛い!ちょ、アイアンクローしないでください···!」

加賀
テメェの脳ミソは溶けてんのか?あ?
買ってこいっつったら大福に決まってんだろうが

サトコ
「そんなの知らなっ···」

ペッと私から手を離し、加賀さんが刑事たちを振り返る。

加賀
散れ

刑事1
「は、はい!」

刑事2
「すみませんでした!」

逃げ出した刑事たちの背中を眺めながら、東雲さんの言葉を思い出した。

(···防波堤)
(もし本当に、そうなんだとしたら···)

ぽつりと、言葉が零れた。

サトコ
「あなたが、そうするのは」
「私の指導係だったから···ですか?」

加賀
······

ほんの一瞬、めずらしく加賀さんが息を飲む。

加賀
···前と変わりゃしねぇよ、別に

前と変わらないーーもし本当に、そうだとしたら。

(···私が、見ようとしなかっただけなのかもしれない)
(この人はいつもこうして、私を庇ってくれてたのかも)

サトコ
「···ありがとうございます」

加賀
···チッ

バツが悪そうに舌打ちをして、加賀さんは廊下を歩いていった。

(···加賀さん、私、プリンなんて買ってません)
(『買ってこい』とも言われてない···だから)

恨まれようが嫌われようが、わざと私に嫌なことを言った。
あの刑事たちから守ってくれるために。
ーー防波堤。それを、ようやく理解した。

to be continued

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