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愛の試練編 加賀2話

津軽班の捜査会議の数日後、私はボロボロの状態で廊下を歩いていた。

(つか···れた···)
(ドングリ党に関する資料、テロリスト “ P ” が関与したと思われる事件の詳細···)

それらすべてを頭に叩き込み、さらに事前捜査も行った。
潜入捜査は二日後に迫っているので、これでも遅いくらいだ。

(でももう、身体も頭も限界···これ以上何も覚えられない)
(···って言ってる場合じゃない!この後、先に潜入している百瀬さんから連絡が来るはず···)

課へ戻ろうとした時、脚から不意に力が抜けて倒れ込みそうになる。
とっさに壁に手をつこうとする前に、腕を取られて支えられた。

加賀
何やってんだ

サトコ
「加賀さん···!すみません、ありがとうございます」
「ここ数日の疲れが、足に来たみたいで」

加賀
······

無言でため息をつくと、加賀さんは持っていた小さな袋を差し出した。

サトコ
「なんですか?」

加賀
黙って受け取れ

サトコ
「は、はい。ありがとうございます」

(あれ···栄養ドリンクが入ってる)
(それに、もうひとつ···あっ、ポチ!?)

それは、私が以前加賀さんのデスクにそっと置いておいたストレスボールのポチだった。

サトコ
「もしかして、貸してくれるんですか?」

加賀
あとで返せよ

<選択してください>

借りちゃって大丈夫?

サトコ
「借りちゃって大丈夫ですか?加賀さんのストレスの行き場がなくなるんじゃ」

加賀
テメェで発散すりゃいいだろ

サトコ
「まさか、私をストレスボール代わりに···!?」

加賀
ポチより握り潰しやすいかもな

サトコ
「ひぃ···サラッと恐ろしいことを言った···」
「栄養ドリンクもありがとうございます。加賀さん、ちゃんと私のこと見ててくれてるんですね」

返せないかも

サトコ
「今回の案件が終わるまで、返せないかもしれませんけど···」

加賀
構わねぇ
···単細胞でも、ストレス溜まるんだな

サトコ
「そんな、しみじみ言わなくても···」
「栄養ドリンクもありがとうございます。加賀さん、ちゃんと私のこと見ててくれてるんですね」

養子にください

サトコ
「いっそ、ポチを養子にください」

加賀
あ゛?ふざけてんのか

サトコ
「えっ、そんなに気に入ってたんですか?」

加賀
ポチの代わりにテメェを握り潰してやろうか

サトコ
「じょ、冗談です!この子はもう加賀さんのものですから!」

(危なかった···ポチと引き換えに、自分の命を差し出すところだった)

サトコ
「栄養ドリンクもありがとうございます。加賀さん、ちゃんと私のこと見ててくれてるんですね」

加賀
気のせいだろ

サトコ
「またまた、そんなこと言って···私が疲れてるって気付いてくれたんですよね?」

(『そうだ』なんて絶対言ってくれるわけないけど、優しい···嬉しい···)

もらった袋を抱き締めて、ふと思い出した。
辺りを見回し、小声で加賀さんに尋ねる。

サトコ
「ラブレター、読んでくれましたか?」

加賀
あ?

サトコ
「家に送ったじゃないですか」

実はあれから続きを書き、加賀さんの家に郵送したのだった。

サトコ
「もうとっくに届いてるはずですけど···もしかして、まだですか?」

加賀
あんなもん見るか。捨てた

サトコ
「えーーー!?」

加賀
そんだけの元気がありゃ大丈夫だな

呆れたように言って、加賀さんは廊下を歩いていった。

(心配してくれるのは嬉しいけど、私の渾身のラブレターが···ひどい···)

加賀さんから貰った袋を大事に抱えながら、とぼとぼと公安課ルームに戻った。

二日後、先にドングリ党に潜入していた百瀬さんの手引きで、とある倉庫にやって来た。
ドングリ党が密かに使用しているその貸し倉庫には、大量の資料やパソコンが置いてある。
そのうちの1台のノートパソコンの前に立ち、私は必死にマウスとキーボードを操作していた。

百瀬
「大体のあたりはつけた」
「その辺のどれかに入ってる。探せ」

サトコ
「その辺のどれかって言っても···」

(百瀬さんが入手したスケジュール通りなら、今日はここには誰も来ないはず)
(でも···いくらあたりをつけたって言っても、量が膨大すぎる!)

私たちが今探しているのは、ドングリ党の裏帳簿だ。
もしドングリ党とPが繋がっているのなら、必ずそこにPの名前があるはずだった。

(裏帳簿なんて、普通に保存しておくはずない)
(よほど面倒な場所か、隠しファイルか···)

時系列にフォルダ名が並んでいる中で、ひとつだけ異質な名前のものが目に入る。
クリックすると、その中に唯一隠しファイルが存在した。

サトコ
「百瀬さん、これかもしれません!」

百瀬
「開け」

サトコ
「パスワードが掛かってます」

百瀬
「津軽さんが言ってたやつ、片っ端から試せ」
「俺はあの人に電話してくる」

サトコ
「わかりました」

百瀬さんが津軽さんに電話するため倉庫を出た後も、私はパスワード解除を試み続けた。

(津軽さんが言ってた組み合わせ···どれも違う)
(ほかに思いつくのは···この前見た資料の中の何か···どれか···!)

サトコ
「···解除できた!」

画面に、一気に帳簿が表示される。
スクロールしていくと、裏帳簿に関係する名簿一覧が出てきた。

( “ P ” は···この中に···)
(···いた!)

ドーーーン!

スクロールの手が止まったのとほぼ同時に、外で何かが爆発した。
倉庫の中も地鳴りするように激しく揺れ、立っていられないほどだ。

(まさか···気付かれた!?)
(そうか、予定にないタイミングでアクセスしたらバレるように···!)

百瀬
「おい、とっとと出ろ!」

サトコ
「待ってください!ファイルが···パソコンを持って行かなきゃ」

ノートパソコンを閉じようとして、画面が勝手に動いていることに気付く。

サトコ
「···リモートで操作されてます!」

百瀬
「ファイルは!」

サトコ
「削除される···!」

ごう、という不穏な音と共に、倉庫に入り口に火が迫っているのを視界の端に捉えた。

(でも、持ち出しても証拠を消されたんじゃ意味ない!)
(誰にもアクセスさせちゃいけない···!どうする?どうすれば)

とっさに、さっきの隠しファイルのパスワードを書き換えた。

百瀬
「おい、急げ!」

サトコ
「今行きます!」

今度こそパソコンを抱きかかえたそのとき、何かが弾けるような音が耳を襲った。
熱さと、激しい爆発音ーーそして···

百瀬
「···氷川!!!!」

百瀬さんの声と同時に、目の前が真っ白になる。
ーーそこで、意識が途切れた。

私は、真っ暗な空間にいた。

(ここ、どこ···?)
(誰かが、私の手を握ってる···)

でも、身体が動かない。目も開かない。
それでも、大きな手が私の手を包み込んでいるのだけははっきりとわかった。

(この手···私、知ってる···)
(大好きな、あの人の···)

頭の中に、その人の顔が思い浮かびそうになる。
でもあと少しのところで、輪郭がぼやけるように闇の中に消えて行った。

(ダメ···ちゃんと、覚えてなきゃ···)
(私は、あの人を···)
(···私、は···?)

大切なことが、ひとつずつゆっくりと残酷に、自分の中から抜け落ちていく。
その手の温もりに導かれるように、景色は徐々に白くなり始め···

辺りがすっかり明るくなっても、私はまだ独りぼっちだった。

(···何も聞こえない)
(···誰か、いる?)

恐ろしいほどの “ 無 ” の中で、見つけたのは男の人の後ろ姿だった。
遠くにいるその人は、私からさらに遠ざかって見えなくなろうとしている。

(待って···行かないで)
(お願い、置いていかないで···)
(一緒に···私も一緒に)

私は、確かにあの人を知っている。
追いかけたい。
名前を呼びたい。
それなのにーー

(······何て名前、だっけ)

サトコ
「うっ···ぁ···」

???
「サトコ!サトコ、目が覚めたの!?」

???
「大丈夫か···!?しっかりしろ!」

???
「姉ちゃん!」

身体が重い。
それでも必死に瞼を持ち上げると、電気の眩しい灯りが視界に飛び込んできた。

???
「ああ、サトコ···!よかった!」

???
「翔真、ナースコールしてくれ!」

???
「よかった···姉ちゃん、本当に···」

見覚えのない人たちが、私を取り囲んでいる。
相手は私を知っているらしい。
けど私はーーわからなかった。

サトコ
「誰···です、か···?」

漸く言葉にした瞬間、その人たちは絶望の淵に立たされたような、そんな顔をする。
······夢の中の、あの男の人も同じ顔をするんだろうかと。
薄い意識のなかで、そう、思った。

to be continued


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