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愛の試練編 加賀6話

サトコ
「······」

加賀
······

津軽
······

(···ものっすごく気まずい)

運転、加賀さん。助手席、津軽さん。
そして後部座席に、私。

津軽
いやー、なんか遠足みたいだね?

サトコ
「ハハハ···」

加賀
なんでテメェが助手席なんだ

津軽
あ、ウサちゃんの方がよかった?

加賀
チッ···テメェじゃナビにならねぇ

津軽
なるって。大丈夫大丈夫
あ、今の信号、右折だった

サトコ
「もう通り過ぎちゃいましたよ」

津軽
ねー。話に夢中で

加賀
使えねぇ···

どうして私たちが、山奥を走る車に乗っているのかと言うと···

若旅
「僕は反対です。いくら仕事とはいえ、長距離の移動なんて」

(···あれっ、デジャヴ?)

いつか、中庭で似たような会話をしたことを思い出す。
あの時と違うのは、ここが診察室であること。そして···

加賀
テメェが反対かどうかは聞いてねぇ
こいつが行けるかどうか、医者として判断しろって言ってんだ

···後ろに、加賀さんがいること。

若旅
「記憶喪失状態での長距離移動は危険です」
「何かあった時に処置ができない。それに万が一、パニックを起こした時···」

加賀
身体は問題ねぇんだな

若旅
「いえ、ですから···」

加賀
ならいい。おい、帰るぞ

サトコ
「···加賀さんって、会話のキャッチボールする気ないですよね」

加賀
いらねぇボール受け取る必要なんざねぇだろ

(なんて自分勝手な···)

···若先生はそれ以上意見できず、結局加賀さんは無理やり許可を取ってしまった。

加賀さんと津軽さんに連れられてやってきたのは、核融合エネルギーの施設だった。
しばらく使われていないのか、うっすらと埃が積もっているところもある。

津軽
どう?何か思い出す?

サトコ
「いえ···」

(ここに、“ 私 ” は江戸川謙造という政治家の秘書として来たことがある)
(···って言われても、全然ピンとこない)

ここに連れて来られた理由は、失った記憶を思い出すきっかけになるかもしれないからだそうだ。
そして津軽さんがここに来たのは、ドングリ党とのつながりを見つけるため、らしい。

(江戸川謙造が逮捕されて、この施設は今、宙ぶらりんな状態···)
(それを狙ってるのが、ドングリ党だっけ)

津軽
ウサちゃん、歩き回るだけなら好きに見ていいからね

サトコ
「わかりました」

津軽
それにしても、俺がいるんだから兵吾くんの護衛はいらなかったのに

加賀
テメェは信用できねぇ
土壇場になったら、目的果たす方を優先するだろ

津軽
まあね。でもそれは刑事の性じゃない?

(なんか、ちょっとしたことでバチバチしてる気がするな、あのふたり···)

辺りを眺めている加賀さんに、こっそり視線を向ける。

(···怖くて、苦手だし嫌いだって思ってた)
(でももしかしたら、私が思ってるような人じゃないのかな)

何かある度に思い出すのは、東雲さんが言っていた『防波堤』という言葉。
そして確かに加賀さんは、ほかの刑事たちから私を守ってくれた···のかもしれない。

(でもそれとは別に、普段から横暴が過ぎる気がするけど···)
(···ん?今何か踏んだ?)

しゃがみ込んでみると、それは小さなバッチだった。

サトコ
「なんでこんなのがここに」

津軽
それ、党員章じゃない?

サトコ
「党員章?」

私からバッチを受け取り、津軽さんが大きく頷く。

津軽
うん、間違いない。この形はドングリ党のだ
ウサちゃん、お手柄だね。これであいつらが忍び込んだ物証になる

サトコ
「え···で、でも、本当にドングリ政党の人が落としたのかは···」

津軽
いいんだよ

サトコ
「···え?」

津軽
今必要なのは『誰が』落としたかじゃない
重要なのは『これがここにあった』って事実だからね
真偽は引っ張ってからでも遅くない

サトコ
「······」

津軽
っと···ごめん、電話だ

スマホを取り出し、津軽さんが通話ボタンを押す。

津軽
もしもし、モモ?何かあった?ああ、そう
こっちも証拠見つけたよ
···わかった。すぐそっちに行く

サトコ
「何かあったんですか?」

津軽
ごめん、すぐ戻らないと。モモが迎えに来てるって
兵吾くん、ウサちゃんお願いしていい?

加賀
さっさと帰れ

津軽
はいはい。じゃあウサちゃん、俺は先に戻るけど、ゆっくり見てきて

サトコ
「はい」

津軽さんがいなくなると、加賀さんとふたり残される。

(···私が思ってるような人じゃないかもしれない)
(でもやっぱり、怖いものは怖い···横暴なのも傲慢なのも間違いではないし)

サトコ
「あの···加賀さん。さっきから床を見てますけど、何かあるんですか?」

加賀
テメェにゃ関係ねぇ

サトコ
「どうして、すぐそういう言い方を···」

(···いや、落ち着け。ムキになっちゃダメだ)
(私が見ようとしなかっただけかも、ってこの前反省したばっかりなんだから)

深呼吸して、もう一度加賀さんに向き直った。

<選択してください>

帰りましょうか

サトコ
「私たちも、そろそろ帰りましょうか」

加賀
テメェが決めるな

サトコ
「す、すぐそうやって怒るのやめてください」

加賀
······

(また、この無言の圧···!怖すぎる!)

加賀さんは私のなに?

サトコ
「ええと···津軽さんが、私の直属の上司なんですよね」
「じゃあ加賀さんは、私にとってなんなんでしょう?」

加賀
······

サトコ
「あ、いえ、上司であるのはもちろんそうだと思うんですけど」
「直属の上司じゃないだけで、上司は上司、ってことなんでしょうか」

何も思い出せない

サトコ
「やっぱり、何も思い出せそうにないです」

加賀
なら黙ってそこにいろ

サトコ
「···加賀さんは、私の護衛で来たんですよね?」
「もしかして、何か探してるんですか?」

加賀
···チッ

(舌打ち···!)

(なんで···?何か気に障ること言った?)

これ以上聞くとなおさら機嫌が悪くなりそうだったので、諦めて口を噤む。
この人が、読めない。

(東雲さんは、あんなふうに言ってたけど···)
(本当に加賀さんは···私のことなんて考えてくれてるのかな)
(もしかしたら、いい人かも···って一瞬は思ったけど···)

覚える感情は怒りや悔しさよりも、なぜか哀しみのほうが大きい気がした。

帰りの車では、私が助手席に乗った。
でも険悪なムードは続いていて、会話は一切ない。

(記憶が戻るまで、あんまり加賀さんとは関わらない方がいいのかも)
(···そもそも、戻るって保証はないけど)

外は土砂降りで、激しい雨のおかげで無言の車内もずいぶん賑やかだ。
でもトンネルに入ると雨の音がしなくなり、再び静寂に包まれる。

(気まずい···早く庁舎に戻りたい)
(これならまだ、津軽さんが喋ってくれてた方がよかったかも)

もうすぐトンネルを抜ける、というところで、加賀さんが車を左側に寄せて停めた。

サトコ
「どうしたんですか?」

加賀
···なんだ、あの看板

トンネルを出てすぐのところに、見慣れない看板が立ててある。

(確か、行く時はなかったような···)

加賀
残ってろ

サトコ
「あ···はい」

運転席を降りて、加賀さんが看板の方へと走っていく。
その姿を眺めていると、地鳴りのような音が聞こえた気がした。

(この音、どこかで···)

加賀さんも異変に気付いたのか、こちらを振り返った。
ーー次の瞬間、勢いよくトンネルが崩れ始めた。

(えっ···)

フロントガラスの向こうに、岩や石が降り始めた。
とっさに車の外に出ようとしたがーー

(···ああ、もう!シートベルト!)
(早く、早く逃げなきゃ···!)

サトコ
「···外れた!」

ようやくシートベルトが外れ、ドアを開けて車外へと落ちるように地面を転がる。
落盤に気付いた加賀さんが、地を蹴った。

加賀
ーーーサトコ!

サトコ
「······!」

···その姿は、急激に落ちてくる瓦礫の向こうに消えた。

···目を覚ますと、車から少し離れたところで倒れていた。
車はフロント部分に瓦礫が積み重なり、それが運転席と助手席を押しつぶしていた。

(あのまま乗ってたら、今頃···)
(···加賀さん、は)

ようやく意識がはっきりしてきて、ふらふらとトンネルの出口だった場所へ向かう。
完全に塞がってしまっていて、外に出ることは不可能だった。

(あのとき···加賀さん、こっちに走ってきてた)
(待って、それじゃあ···)

背筋が凍り付くように冷たくなり、頭の中が真っ白になる。

(嘘···嘘!やだ、やだ、やだ)
(加賀さん、嘘でしょ···!まさか、そんな···)

気付いた時には、出口を塞いでいる土砂を両手で搔き分けていた。
指先が傷み、爪が割れ、土砂に血が落ちる。

サトコ
「加賀さん···加賀さん!」
「お願い、返事して···!加賀さん!」

(嫌いなのに···嫌いだけど···)
(あの人がいなくなったら、私は···)

死、という言葉が脳裏を過り、振り払うように夢中で手を動かす。

(怖いーー怖い)
(自分が死ぬことよりも、あの人がいなくなる方が···)

そう思った瞬間、頬を伝った雫が手の甲に落ちた。

to be continued

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