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愛の試練編 加賀11話

あの手術室から抜け出し、必死に廊下を走る。
加賀さんは銃を構えながら後ろを振り返り、Pを威嚇するため発砲した。

加賀
急げ。今のうちに距離稼ぐぞ

サトコ
「ど、どうしてここが分かったんですか!?」

加賀
エスに探らせた

サトコ
「エス···?」

(って確か、協力者のことだよね)

サトコ
「一体いつどこに、そんな人が···」

加賀
あいつが勤務してる病院だ

サトコ
「···それってもしかして、やたらと私とPを見てたあの人ですか?」
「私、あの人は若先生のことが好きなんだとばっかり···」

加賀
テメェの頭ん中、万年花畑か

サトコ
「だって、まさか看護師さんにそんな人が紛れてるなんて思わないじゃないですか!」
「もしかして、テロリストと繋がってるのかなとかも考えましたけど」

加賀
······

サトコ
「それより加賀さん、銃なんか撃って大丈夫なんですか!?骨折は···」

驚く私の声を聞きながら、加賀さんはPの動向に注意を払いつつ立ち止まった。
一度銃を仕舞うと、同じ手でポケットから取り出したスマホを差し出す。

サトコ
「これは···?」

加賀
お前が守ったあのパソコンと連動してる
そこにパスワードを入れりゃ、外で待機してる歩が例のファイルを開く

サトコ
「パスワードって···」

加賀
ファイルさえ確認できりゃ、あの医者や仲間のテロリストも
それに、ドングリも全部まとめて摘発できる

(それはわかるけど、でも···)

サトコ
「待ってください、まさか私にパスワードを入れろなんて言うんじゃ」

加賀
まさかじゃねぇ。その通りだ

サトコ
「だ、だけど」

加賀
相手はテロリストだ。ほっときゃ、何しでかすかわからねぇ
必ずここで確保する。さっさと入力しろ

<選択してください>

できるものなら

サトコ
「そんなの、できるものならやってます!」
「そもそも、思い出せないからこんなことに」

加賀
泣き言を聞くつもりはねぇ

(あいかわらず、横暴···!)
(加賀さんには今までいろいろ無茶言われてきたけど、こればっかりは···!)

無理に決まってる

サトコ
「無理に決まってます!だってまだ、記憶が···」

加賀
無理だとかそういう話をしてんじゃねぇ。入れろって言ってんだ

サトコ
「そんな···だって、どうやって」

(何も覚えてないのに···不可能に決まってる)
(加賀さんには今までいろいろ無茶言われてきたけど、こればっかりは···!)

まだ思い出してない

サトコ
「まだ思い出してないんですよ!?パスワードどころか、自分のことだって」

加賀
それがどうした

サトコ
「どうしたって···」

加賀
忘れてようが思い出してなかろうが関係ねぇ。入れろ

(加賀さんには今までいろいろ無茶言われてきたけど、こればっかりは···!)

加賀
公安が動けねぇのは、物的証拠がねぇからだ
今の状態じゃ上の許可が下りねぇ。このままじゃあいつを取り逃がす
だが証拠さえそろえば、ここであいつを取り押さえられる

(許可が下りないって···でも加賀さんはここにいる)
(じゃあ、まさか···)

サトコ
「これは、上の指示じゃないんですか?」

加賀
俺の独断だ

サトコ
「どうしてそんな···!もしバレたら」

加賀
あいつは、生きてる限り氷川サトコを狙う
それを止めるには、証拠突きつけてしょっぴくしかねぇ
お前が助かる道は、それ一択だ

サトコ
「加賀さん···」

加賀
わかったら、さっさとパスワード入れろ
外で、俺の部下が待機してる。歩のGOサインで踏み込む手はずだ

サトコ
「だけど、思い出せないんです···!」
「いくら考えてもわからないんです!だって、私はっ···」

加賀
なら思い出せ。テメェならやれるだろ

迷いのない加賀さんの言葉に返事する自分の声は、もはや悲鳴に近かった。

サトコ
「加賀さんは、どうして···なんでそんな、根拠のない自信があるんですか!」

加賀
くだらねぇこと聞くな

サトコ
「だって、わからないんです···!どうして、いつもそんなふうに私を···」

加賀
俺が惚れた女だからだ

スマホを持つ手が、震えた。

(···なんでそんなに、私を信頼してくれるの)
( “ 私 ” っていうだけで、無条件に···)
(今の私は、加賀さんが好きになった “ 私 ” じゃないのに)

涙が頬を伝い、手の甲に落ちる。

加賀
記憶があろうとなかろうと、何も変わらねぇ

(···この人はずっと、“ 氷川サトコ ” を見てた)
(記憶があるなし関係なく)
(加賀さんだけがずっと、全部ひっくるめた『私』を見てくれてた···)

私は、“ 私 ” ではない。そう思っていた。
見た目が同じで、中身は別人なのだと。

(···でも違う、そうじゃない)
(いくら記憶を失くしても、根っこは同じなんだって···)

この人が、加賀さんは、最前線に立ってずっと教えてくれていた。
私はーー “ 私 ”
ぐっと涙を拭い、スマホの端末を握り締める。

(死ぬかもしれない一瞬で、パスワードを書き換えるとしたら)
(その瞬間、“ 私 ” ならどんなワードを入力する?)

サトコ
「考えろ···考えろ」
「私は···私なら」

加賀
······

画面に触れようとして、指が震えていることに気付いた。

(···無理やり解除しようとしたら、データはすべて消える)
(もし···もしパスワードを間違えたら?)

冷や汗が背中を流れ、呼吸が乱れそうになる。
ーーすると、加賀さんが私の手首を掴んだ。
大丈夫だ。
この人がいる。
大きく深呼吸して、もう一度スマホの画面を見た。

(···このワードしか、思い浮かばない)
(だって、だって私は、加賀さんのーー)

導き出したひとつのワードを、端末に打ち込む。
そして静かに、『送信』ボタンを押した。

刑事
「P、確保!確保しました!」

加賀班の捜査員たちが一気になだれ込み、地下の一室に身を潜めていたPの身柄を押さえた。

加賀
上に報告しろ

刑事
「はい!」

若旅
「離せ!これはどういうことだ!」

加賀
ドングリ党の裏帳簿に、テメェの名前があった
こいつを殺そうといろいろ小細工したみてぇだが、これで終わりだ

若旅
「まさか···記憶が戻ったのか!?」

刑事たちに押さえつけながら、Pが私を睨む。
まだスマホの画面をタップした感触が残る指を、ぐっと握り締めた。

サトコ
「私は、私です。記憶があってもなくても」
「自分を信じ切れなかっただけで···ずっと、そうだったんです」

加賀
······

(私は、私。加賀さんは最初からそう言ってくれた)
(諦めることなく···そう、教えてくれた)

加賀
テメェの活動については、署でゆっくり聞こうじゃねぇか
仲間の所在も含めて、洗いざらいな

若旅
「くっ···」

ほんの一瞬、Pが口元を歪めた。
でもそれは···笑ったようにも見えた。

(え···?)

若旅
「···そんな真似を、俺がすると思うか?」

サトコ
「······!」
「待って···ダメ!」

Pが、ゆっくりと手を開く。
持っていた小さな機械のスイッチをーーためらうことなく、押した。

to be continued

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