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愛の試練編 加賀4話

お手洗いに行くと告げて、エビマヨクッキーから逃げてきた。

(はぁ···パスワードって言われても、今の私にわかるわけないし)
(協力できるものならしたいけど、こればっかりは···)

サトコ
「若先生は、きっかけがあれば思い出せるって言ってたけど」
「肝心の『きっかけ』ってなんなんだろう···見当もつかない」

ため息をついた時、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。

(···えっ!?あの人···)

???
······

(車いす蹴っ飛ばし男···!)
(な、なんでここに···あっ、逮捕されたとか!?)

でもその割には周りに誰もいないし、ずいぶん堂々と歩いている。

(まさか、警察の人だったの···?チンピラじゃなくて!?)
(うう、またからまれたくないな···無視しよう)

すっと目線を下げて、男とすれ違う。
でも思い切り腕を掴まれて壁に追い詰められ、乱暴に顎を掴まれた。

サトコ
「っ······!」

???
テメェができることは何ひとつねぇ。さっさと帰りやがれ

サトコ
「な···っ」

???
「捜査で役に立たねぇ人間なんざ、ゴミ以下だ。ここにいる資格もねぇ」

(ゴミ···ゴミって言った!?)
(何この人···!なんでここまで言われなきゃいけないの!?)

???
こんなクズに協力させようなんざ、あのクソホクロもトチ狂ったな

サトコ
「や···役に立たないかどうか、やってみなきゃわかりません」

???
あ?

サトコ
「できないって、最初から決めつけないでください···!」
「あのパスワードは···私にしか解除できないんです」

???
······

こつん、と頭の上に何かーー誰かの顎が乗った。

津軽
そういうことだから。今回は兵吾くんの出番はないよ

???
···やらせるだけ時間の無駄だ

津軽
ウサちゃんが言ったよね?やってみなきゃわかんないって
それにコレはウチの案件だから。加賀班長は黙っててくれる?

加賀
······

津軽さんを睨み、そして最後に私を一瞥すると、車いす蹴っ飛ばし男は舌打ちして立ち去った。

(···私、とんでもないこと言っちゃったんじゃ)
(記憶を取り戻さないと役立たずなのは、あの人の言う通りなのに)

でも、言ってしまったことはもう取り消せない。
少し後悔しながらも、やるしかないのだと自分に言い聞かせた。

若旅
「僕は反対です。そんな危険なこと、君がしなきゃならないなんて」

診察が終わり、若先生に現状の状況をかいつまんで話した。
津軽さんにも、核心に触れなければ医者にはある程度話していいと言われている。

サトコ
「私も、なんであんなこと言っちゃったのか分からないんですけど」
「完全に、売り言葉に買い言葉な感じで···」

若旅
「確かに、以前と同じ環境に身を置けば記憶が戻る可能性はあります」
「でも今の君は刑事じゃない。ただの女の子でしょう」

サトコ
「そうなんですけど···でも私以外誰も出来ないなら、やるしかないです」
「今は記憶がないとは言っても、 “ 私 ” のせいでこんなことになってるんだし」

若旅
「···あの男がいるんですよね?」

先生が言ってるのは、きっと車いす蹴っ飛ばし男ーー加賀兵吾のことだ。

若旅
「あんな乱暴な男がいるところへ、君を送り込むなんて···僕にはできない」

サトコ
「···先生?」

若旅
「僕は、君を守りたいんです」

思い詰めたように、若先生が私の手に手を重ねた。

(···え!?な、どういう意味···!?)

突然の展開に妙に照れてしまったそのとき、違和感を覚えて振り返った。

若旅
「氷川さん?」

サトコ
「······」

(なんか、誰かに見られてたような)
(···あっ)

視界の隅で捉えたのは、逃げるように立ち去る看護師の姿。

(あの人、私が入院してたときも病室の外にいたっけ)
(なんでそんなに私を見てるんだろう···?)

サトコ
「···あっ?もしかして、私じゃなくて若先生を見てるのかも」

若旅
「なんですか?」

サトコ
「いえ···先生、罪な人ですね」

若旅
「罪···?法を犯したことはないんですが···」

見当違いなことを言ってるけれど、先生は確かに優しいしかっこいい。
あの看護師さんが先生を好きだとしても、何ら不思議はない。

(記憶はなくすし、実は公安刑事だなんて言われるし、車いす蹴っ飛ばし男にはやたら絡まれるし)
(そのうえ、若先生のことが好きらしい看護師にロックオンされるし···何この複雑な状況···)

病院を出ると、一台の車が停まっていた。
車に寄り掛かって腕組みをしている男を見て、道行く女性たちが色めき立っている。

加賀
乗れ

サトコ
「ひえっ」

(な、なんでこの人がここに···!?)
(どうしよう、今の私に言ったんだよね···無視しちゃダメかな)

加賀
おい

<選択してください>

ひとりで帰れます

サトコ
「···ひとりで帰れます。来るときだってひとりだったんですから」

加賀
二度も言わせんな

サトコ
「っ······」

圧のすごさに負けて、仕方なく助手席に乗り込んだ。

誘拐ですか?

サトコ
「もしかして、誘拐ですか···?」

加賀
んな、一文にもならねぇことするか

サトコ
「じゃあどうして···」

加賀
さっさと乗れって言ってんだ。無理やり乗せられてぇのか

(車いすを蹴飛ばした人なら、車の中に放り込むくらいしそう···)

そうなる前に、仕方なく自分から助手席のドアを開けた。

無視する

(いいや、無視しちゃおう!)

思いきって目を逸らし、すたすたと加賀さんから離れる。

加賀
テメェ、いい度胸だな

サトコ
「いだだだだ!耳引っ張らないでください!」

加賀
耳ついてんなら、聞こえてんだろ。乗れ

助手席のドアを開けられ、そのまま放り込まれた。

加賀
······

サトコ
「······」

(···気まずっ)
(こんなに喋らないのに、なんで迎えに来たの···?)

正直、かなり苦手なタイプだ。
怖いし横暴だし人の話を聞かないし、とにかく圧がすごすぎる。

(しかも、車いす蹴飛ばすって普通に考えてあり得なくない···?)
(パワハラを通り越して、もはやただの暴力では)

でも津軽さんの話では、この人は警視だ。
つまり私よりもずっと上の階級で、上司に当たる。

(こんな上司嫌だな···苛々して物を投げつけてきそう···)

加賀
おい

サトコ
「は、はい!」

加賀
あの男と何話してた?

サトコ
「あの男···?若先生のことですか?」

加賀
聞かれたことにだけ答えろ

(···もう!言葉のキャッチボールができない!)

サトコ
「えっと、たいしたことは···怪我の診察と、あとは記憶が戻ったかどうかを聞かれたくらいで」

加賀
なんて答えた

サトコ
「事実をそのままに···」

(『守りたい』って言われたことまで話さなくてもいいよね)
(プライベートなことだし、特にこの人は完全に無関係だし)

加賀
隠してることはねぇか

サトコ
「えっ···ななな、ないです」

加賀
あとで調べりゃわかる。女だからって容赦はしねぇ

(もしかしてこれ、取り調べ···?)

なんとなく気持ちを落ち着かせたくて、持っていたバッグの中を漁る。
そこには、未開封の栄養ドリンクと···わんちゃんのストレスボールが入っていた。

(···“ 私 ” は、刑事としてストレスを感じてたのかな)
(でもどっちかって言うと、この人の方が苛々してそうだけど)

サトコ
「あの···これ、お貸ししましょうか···?」

できるだけ友好的に、ボールを差し出す。
ちらりと視線を向けた加賀さんは、吐き捨てるように言った。

加賀
いらねぇ

(ダメだ···!やっぱりこの人、苦手!)


警察庁に着くと、加賀さんに会議室に行くように言われた。

(会議室って、この前パソコン見せられたところだよね)
(でもまだ慣れてないから、どうやって行けばいいのか)

東雲
ねえ、邪魔なんだけど

サトコ
「あっ、すみません!」

振り返ると、キューティクルがまぶしいサラサラヘアーの男性が立っていた。

サトコ
「あの···会議室にはどうやって行けばいいでしょう」

東雲
はあ?
ああ···そういえば、記憶喪失なんだっけ?

サトコ
「私のこと知ってるんですか?」

黒澤
歩さん見ーっけ!
なんでオレを置いていくんですか~
ややっ!そこにいるのはサトコさんじゃありませんか!
あの事件、大変でしたね。でもご無事でなによりでっす!

サトコ
「あ、あの···」

石神
氷川···?
戻っていたのか

颯馬
サトコさん?怪我はもういいんですか?

賑やかな男性の声を聞きつけたのか、あちこちから人がこちらに集まってくる。

(こ、この人たち、もしかして全員上司?)
(どうしよう、誰ひとり名前が分からない···!!)

サトコ
「あの、あの···私、会議室に」
「す、すみません!失礼します!」

逃げるように廊下を駆け出すと、後ろからみんなの囁き声が聞こえた。

東雲
ほら、記憶失くしたって

黒澤
えっ、あれ冗談じゃなくて本当だったんですか!?

颯馬
私たちのことも覚えていないようでしたね

石神
···荒れるだろうな。あいつが

(あいつ···?誰のこと?)

でも初対面の男性たちのところへ戻る勇気はなく、ようやく会議室を見つけてドアを開けた。

津軽
ウサちゃん、おかえり。遅かったね

サトコ
「いろいろありまして···迷ったのもあるんですけど」

津軽
ま、おいおい慣れるでしょ。慣れてもらわないと困るしね
それはそうと、今日から君に護衛をつけることになったから

サトコ
「護衛···?もしかして、津軽さんですか?」

津軽
俺はまた別の仕事があるんだよね
大丈夫。君をよく知ってる人だから、安心して

意味深な笑みと共に、津軽さんは “ ある場所 ” への地図をくれた。

to be continued

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