カテゴリー

愛の試練編 加賀9話

サトコ
「だからですね、このポチを返しに···」

加賀
あ゛?

サトコ
「ひぃ···」

(ポチがあっても短気じゃないですか!嘘つき!)
(よく考えたら、加賀さんがこんなストレスボールひとつで機嫌を左右されるはずがなかった···)

加賀
護衛は

サトコ
「え?」

加賀
誰か外で待ってんのか

サトコ
「いえ、私ひとりですけど」

加賀
···チッ

盛大に舌打ちをしたあと、加賀さんは顎で部屋の奥を指した。

加賀
入って待ってろ

サトコ
「えっ、いえ、すぐ帰りますから」

加賀
護衛もつけねぇでうろちょろ歩くんじゃねぇ
誰か、かわりを寄越させる

(···もしかして、怒ってたのって護衛なしで出歩いたから?)

意外な怒りの理由に肩透かしを食らいながら、恐る恐る靴を脱いでお邪魔した。

どうやら加賀さんは、別の部屋で迎えを寄越せと電話しているらしい。

(待ってろって言われたけど、ソファに座るのも何か図々しい気が)
(それにしても、なんか広くて高そうで生活感のない部屋···ん?)

テーブルの上に置いてある封筒の筆跡に、思わず二度見する。

(これ、もしかして···私からの手紙?)

裏を返すと、そこには私の名前があった。

(なんで私が加賀さんに手紙なんて···もしかして、辞職届?)
(いや、そんなの加賀さんに出すわけないか)

加賀さんが入って行った部屋を振り返り、まだ戻って来ないことを確認する。

ーーソワッ。

好奇心が、疼いた。

(···見てもいい、かな?)
(いいよね。だって···わ、私が送ったわけだし。開封済みだし)

少しの緊張と少しのわくわくで、封筒から便せんを取り出す。

(記憶を失う前の私と加賀さんの関係を、ちゃんと知れるいい機会なんだから)

奥のドアが開いて、加賀さんが戻ってくる気配がした。

加賀
すぐに黒澤が来る。それまでここで待ってろ

サトコ
「······」

振り返ることができない私を不審に思ったのか、加賀さんの方から近付いてくる。

加賀
···熱でもあんのか

サトコ
「あ、いえ···その···」

顔が熱く、赤くなっているという自覚はあった。
ふと加賀さんがテーブルに視線を流し、すぐに私を振り返る。

加賀
······

サトコ
「あの···あの」

加賀
だからって、縛る気はねぇよ

読んだことを察したのだろう。
加賀さんはそう言うと、くしゃりと私の頭を撫でた。

(···すごく自然なしぐさ)
( “ 私 ” と加賀さんの間では、こういうのは当たり前なんだ)

私から加賀さんに宛てた手紙は···紛れもない、ラブレター。
それも、一方通行ではない。加賀さんも私が好きなことが伝わってくる内容だった。

黒澤
もーサトコさん、だからオレがお送りしますよって言ったのに

サトコ
「はあ···すみません···」

黒澤
それにしても加賀さん、骨折してても安定の怖さですよね
片腕を骨折してるのに最強なのってすごくないです?

黒澤さんはずっと何か話していたけど、そのどれも頭に入ってこない。

( “ 私 ” が、恋人···なんだよね)
(···今の私は、加賀さんのこと好きなのかな)

恋人がいると知ったとき、なんとも言えない気持ちになった。
さっき頭を撫でられた時、ドキドキした。

(···いや、吊り橋効果かな)
(っていうか、あの人自身が吊り橋みたいなものだし!?)

いつか見た、白い夢。
あの時必死に追いかけた背中は、加賀さんだったのかもしれない。

(それが、なんでこんなことに···妙に、嬉しいんだろう)
(じゃあやっぱり今の私も、加賀さんのことが···)

サトコ
「···ん?そういえば、『犬』って言われた···!?」

黒澤
なんですか?加賀さんに?

サトコ
「はい···忠犬とは程遠いって···駄犬だって···」

黒澤
そんなのいつものことじゃないですか★
むしろ、サトコさんはそう呼ばれて喜んでると思ってましたけど

サトコ
「ええ···?記憶を失う前の私って、そんな人間だったんですか?」

黒澤
ええ、そりゃもう。SかMかって言ったらドMでしたよ
いくら罵倒されても蹴飛ばされても、必死に加賀さんについていってたし
オレと同じですね★

(加賀さんと同じくらい、私も危ない人だったってこと···!?)

思い出したくない過去を暴露され、頭を抱えたくなった。

翌朝、まだ慣れない自分の部屋を出て駅へ向かおうと歩き出した、そのとき。

加賀
おい

サトコ
「!」
「な、何してるんですか?なんでここに···」

加賀
仕事に決まってんだろ

サトコ
「仕事って、まさか···私の護衛?」

加賀
さっさと乗れ

すぐそこに停めてある自分の車を、加賀さんが顎で指す。

<選択してください>

休んでください

サトコ
「そんなことより、ちゃんと休んでください!」

加賀
昨日休んだだろ

サトコ
「たった一日じゃないですか!骨はそんなすぐくっつかないんですよ!」

加賀
いらねぇ休みを取ってやったんだ。これ以上は必要ねぇ

私が運転します

サトコ
「じゃあ、私が運転します」

加賀
殺す気か

サトコ
「う、運転くらいはできますよ。そういうことは覚えてるんです」

加賀
テメェにハンドル握らせられるか

(···もしかして、そもそも私の運転技術に問題がある···?)

護衛の必要はない

サトコ
「もう、護衛の必要はないですよ」

加賀
それを決めるのはテメェじゃねぇ

サトコ
「でも、職場と自宅の往復だけだし」

(道も覚えたから、護衛なんて本当に要らないんだけどな)

サトコ
「っていうか、加賀さんってワーカーホリック···?」

加賀
グダグダ言ってねぇでさっさとしろ

(ちゃんと治るまで、休んで欲しいのに···)
(それにしても···普段と全然変わらないな)

次会ったらどんな顔をすればいいのかと、昨夜ずっと考えていた。
でもそんな悩みなど吹き飛ばすほど、加賀さんはいつも通りだった。

助手席に乗り込むと、加賀さんは器用に片手でハンドルを操作した。

サトコ
「···片腕使えないのに運転していいんですか?」

加賀
問題ねぇだろ

(ほんと、全然変わらない···)
(でも、でも···)

赤信号で車が停まり、少し沈黙が流れる。
その横顔を眺めていると、無意識に心の声が口から零れた。

サトコ
「加賀さんって、私のこと好きなんですよね···」

バシーン!

サトコ
「いたーーー!なんで叩くんですか!」

加賀
調子づくな、クズ

サトコ
「ちょっ、やめっ···痛い痛い痛い!アイアンクローはやめてって、あれほど···!」
「っていうか私、恋人ですよね!?加賀さんの好きな人ですよ!?」

加賀
だからどうした

サトコ
「あなたが今頭を握りつぶそうとしているのは、愛しい彼女です!」

加賀
関係ねぇ

サトコ
「関係ない!?」

(そういえばあのラブレターに『本気で命の危険を感じることがある』って書いてあった···!)

サトコ
「ええ!?私たちって普段からこんな感じなんですか!?」

加賀
テメェが望んでることだろ

サトコ
「昔の私は分かりませんけど、今は違います!もっと優しくしてほしい!」

加賀
断る

サトコ
「もう少し検討してくれても···!」

信号が青に変わり、ようやく解放された。

(こめかみがじんじんしてる···ほんと容赦ない···)

でもその痛みは、心なしか今までほど気にならない。

(···加賀さんは、今の “ 私 ” を見てくれてる)
(記憶があってもなくても、加賀さんだけは)

ーーこのときは、確かにそう思っていたーー

to be continued

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする