ある夜の２２時過ぎ。
？？？
「お疲れ」
「甘すぎないコーヒー買ってきた」
サトコ
「······」
差し出される缶コーヒー。
この台詞と仕草と言えば···
サトコ
「後藤さん···」
？？？
「ん？」
サトコ
「ーーの真似を、どうしてするんですか」
津軽
「ウサは、これが好きなんじゃないの？」
サトコ
「好きというか···有り難いとは思ってます」
「でも、何で津軽さんが···」
津軽
「誠二くんのコーヒーは飲めて、俺のコーヒーは飲めないっていうの？」
サトコ
「ひゃっ！つめたっ！」
ムギュっと頬に押し付けられる缶コーヒー。
サトコ
「後藤さんは、こんなことしませんが！？」
津軽
「口を開けば、後藤、後藤って」
「お口、まつりぬいして欲しい？」
「それとも、別の方法で塞いであげようか？」
津軽さんの顔がグングン近付いてくる。
（こ、こういうパターンは今までなかった！）
サトコ
「コーヒー、いただきます···」
缶コーヒーを受け取り、それで口元を隠した。
津軽
「へぇ、俺のキスよりコーヒーの方がいいんだ？」
サトコ
「さっき俺のコーヒーは飲めないのかって言いましたよね！？」
津軽
「ウサは隙ありすぎ」
サトコ
「！」
反論した隙を狙われ、軽く唇が重ねられた。
津軽
「······」
サトコ
「······」
不意打ちのキスなので、目を瞑る間もなく。
見つめ合ったまま唇を押し当て続けることになる。
津軽
「···少し寄り道して帰る？」
サトコ
「はい···」
ゆっくりと離される唇に頷く以外の答えはなかった。
コンビニを出た車は深夜の都心を抜け湾岸方向へと走っていた。
（津軽さんって、深夜どこかに行く時、大抵海に行くよね）
（···ヤンキーの習性？）
ラジオからはREVANCEの曲が流れてくる。
津軽班に配属されて間もない頃、百瀬さんと３人で乗っていた時に聴いた曲と同じだ。
（あの時は···）
津軽
「この曲なんだっけ？」
ラジオから聞こえてきた音楽に、津軽さんがぽつりと聞いた。
サトコ
「これは···」
百瀬尊
「REVANCEの曲ですよ。先週リリースされたーー」
津軽
「ああ、そっか。あれか」
（そういえば···）
津軽
「じゃあ、ウサちゃんだ」
サトコ
「え？」
津軽
「ウサちゃんで決まりね」
（あの頃は名前すら覚えてもらってなくて）
もう今では初めから “ ウサ ” だった気がするけれど、始まりは名前すら覚えてもらえていなかった。
（それが今は恋人···）
津軽
「この曲、好きなんだよね」
「えーと···」
サトコ
「REVANCEの曲ですよ」
津軽
「ああ、それ、それ」
助手席で教えられることが嬉しい。
浮かれて頭の中でREVANCEの曲を歌っていると、
合わせるように横から同じメロディーが聞こえてきた。
津軽
「♪～」
（鼻歌歌ってる···）
サトコ
「ご機嫌ですね」
津軽
「ん？そう？」
無意識に鼻歌が出るほど気分がいいなんて。
同じ気持ちでいられるって、こんなに嬉しいんだ。
海が見える場所で車を停め、外に出て車にもたれながら景色を眺める。
津軽
「綺麗な夜景···ってほどでもないけど」
「この辺は海は夜でも明るいところが多いよね」
サトコ
「津軽さんは夜景が綺麗な海と真っ暗な海、どっちが好きですか？」
津軽
「デートなら綺麗な海一択でしょ。ひとりで行くなら真っ暗な海」
（···私とは、このぼんやりとした海に···？）
津軽
「でもウサとなら、どんな海でもいいかな」
サトコ
「デ、デートじゃないんですか？」
（浮かれてるって思ってたのは、私だけだった！？）
津軽
「ウサとのデートなら、どこでも楽しいんだなって」
「場所なんか関係ないんだよな」
横にいた津軽さんが、その長身を傾け私の肩に頭を乗せてきた。
ズンっとした重みから体温が伝わってくる。
（私となら、どこでも···）
（そ、そういう嬉しいことを急に言わないでください···）
口には出せないことを心の中で呟く。
この心地いい静けさを今は壊したくなかったから。
津軽
「···このまんま、どっか行く？」
サトコ
「どこかに行きたいんですか？」
津軽
「ん－、ウサとなら、そういうのもいいかなって」
「ふと思っただけ」
肩から柔らかく笑う気配が伝わってくる。
（『ウサとなら』って···短い間に２回も言ってくれてること、気付いてます？）
これがきっと津軽さんがくれる恋人の特権のようなものの気がする。
サトコ
「明日休みですし、どっか行きます？」
津軽
「それもいいけど、このところ連勤で寝不足でしょ」
「帰って一緒に寝ない？」
「前、海から帰った時みたいにさ」
寄り添って、いつの間にか寝落ちる、あの瞬間。
私もあの時間が大好きだった。
サトコ
「私もそれがいいです」
津軽
「決まり。帰ろっか」
サトコ
「寝落ちるまで、映画観ません？」
津軽
「『空飛ぶゾンビ２』ならいいよ」
サトコ
「いいですよ、それで」
どんな時でも、何をしてても楽しいですーー津軽さんとなら。
Happy End