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欲しがりカレシのキスの場所 加賀1話

(よし、まずは簡単にできるところからはじめてみよう)

そう思い、早速鏡に自分を映し出す。

サトコ
「簡単って言ったら、髪の色を変えるとかいつもと違うメイクをするとか」
「あとは···眉毛の形、ちょっと変えてみるとか?」

さっきの映画に出てきた女性は、キリッとして凛々しい印象の眉だった。
眉毛を少し変えるだけでも、普段とは意外と違って見えるはずだ。

(あんまり吊り上げるとキツイ感じになるから、うまく、こう···)
(おっ、いい感じ?ここをこうやっ···)

手元が狂い、ツルッとカミソリが眉の上を滑る。

サトコ
「うわっ、危なっ···」
「よ、よかった···顔に傷はついてない」

(···ん?でもおかしいな···眉毛が見当たらないような···)

翌朝。

サトコ
「ダメだ···!どうやっても左右がちぐはぐになる!」

昨日まで確かにあった眉毛とお別れしてしまった私は、
鏡の中の自分を見てがっくりと肩を落とした。

(ちょっとだけ自分を変えようと、よかれと思ってしたことだったのに)
(まさか、眉毛をきれいさっぱり剃り落としちゃうなんて···)

サトコ
「ガイドラインがないから、いくら描いてもうまくいかない···」
「あっ、もうこんな時間···!?仕方ない、最後の手段だ···!」

コソコソと公安課ルームのドアを開け、誰にも見つからないように自分のデスクへ向かう。
でも残念ながら、歩き出した瞬間に明るい声が飛んできた。

黒澤
サトコさん、おはようございまーす!
あれー。どうしたんですか、眉!

サトコ
「うっ」

黒澤さんの声で、全員の視線が私に集中した。

(誰にも見られないようになんて、ここでは所詮無理な話だった···!)

サトコ
「あ、あのですね···これは、その」

黒澤
ややっ、片方かと思ったら両方の眉にばんそうこうが貼ってありますね!

サトコ
「しーっ!黒澤さん、声が大きいです···!」

そう、昨夜、自分磨きに見事失敗した私はその代償として両眉を失い···
どうにもうまく描けなかったので、苦肉の策としてばんそうこうを貼って登庁したのだった。

サトコ
「えっと、違うんです···これはですね、ちょっとした事故で」

黒澤
もしかして、両眉を剃り落としたとかですか?

サトコ
「!!!」

(黒澤さん、鋭い···)
(でもここは女として、『そうです』って認めるわけにはいかない···!)

サトコ
「ハハハ···まさか、そんなわけないじゃないですか」
「本当にちょっとした事故なんです。眉毛はありますよ、ええ」

黒澤
事故ってことは怪我したんですか?それで眉毛をすべて失ったとか?

サトコ
「もう、黒澤さんが大きい声で言うから···!」
「私が眉毛にばんそうこう貼ってるって、公安課中に知れ渡ったじゃないですか!」

黒澤
大丈夫ですって★めちゃくちゃ目立ってますから、オレがいなくても秒で広まってましたよ

東雲
っていうか、その顔で今日一日やり過ごせると思ったの?

サトコ
「みなさんがそこまで反応するほど目立つとは思ってなかったです···」

東雲
目、ヤバいんじゃない?眼鏡かけたら

サトコ
「視力いいんですけど···」

東雲
気のせいじゃないの

サトコ
「うう···先輩による後輩イジメがひどい···」

黒澤
えー、愛あるイジリなのに

百瀬
「おい、どけ」

後ろからタックルされるくらいの勢いで体当たりされて、思わず転びそうになった。

サトコ
「百瀬さん···!せめて声かけて下さい!」

百瀬
「オマエが邪魔なところにいるから···」
「······」

サトコ
「百瀬さん?」

一瞬私を凝視した百瀬さんは、さっと目を逸らした。

(あ、これ絶対、笑い堪えてる)

百瀬
「···マロ···」

サトコ
「マロ!?」

(って、眉毛が点のようにちょっとしかない、あの···!?)

サトコ
「ほんとみなさん、私に容赦ない···」

百瀬
「オマエ、今日一日オレに顔見せんなよ」

サトコ
「無理です。いつものように一緒に仕事しましょうよ」

百瀬
「フザけんな」

冷たくあしらわれ、仕方なくうつむいて顔を隠しながら、すごすごと自分のデスクへ向かう。
でも私の動きに合わせて、公安中の視線が動いた。

サトコ
「あ、あの···見ないでください···」

東雲
いや、だって···

後藤
···すまない。つい

サトコ
「そう本気で謝られると、それはそれで悲しくなるというか···」
「と、とにかく、みなさんが期待するようなことは何もありませんから···!」

加賀
······

物音が聞こえて振り返ると、加賀さんがコーヒーカップを持って立ち上がったところだった。

(うっ···絶対何か言われる!)

そう覚悟したものの、なぜか加賀さんは私のことなど見向きもせずスタスタとオフィスを出て行く。

(あれ···?『なんだその眉毛シールは』みたいなこと言われると思ってたのに)

東雲
あーあ

サトコ
「えっ」

石神
···まあ、仕方ないだろう

颯馬
そうですね···そっとしておいたほうが

サトコ
「えっ?えっ?」

(ど、どういうこと?みんな何か知ってるの?)
(気になるな···私もコーヒー淹れるフリして給湯室に行ってみよう)

津軽
おはよー
···ぶはっ

サトコ
「!」

入って来るなり、津軽さんが私の顔を見て盛大に吹き出す。

サトコ
「い、いくらなんでも顔を見た瞬間笑うのは失礼では···!?」

津軽
ごめんごめん。あー笑った
それで?どうしたの、その眉毛シール

サトコ
「津軽さんに言われた···」
「ちょっと、不慮の事故で···」

津軽
えっ、眉毛剃り落としちゃったの?

サトコ
「ち、違いますから!」

津軽さんの追及から逃げるように、公安課ルームを飛び出す。

(ここまで否定したんだから)
(眉毛が生えてくるまで絶対みんなの前でばんそうこうは剥がせない···!)

給湯室のドアを開けると、加賀さんがこちらに背を向けてコーヒーを飲んでいた。

サトコ
「あの···加賀さん」

加賀
······!

サトコ
「ど、どうしてこっち見てくれないですか?」

加賀
来るんじゃねぇ

(そんな···!私、何かした···?)
(でも昨日は休みだったし、一昨日は普通だったはず···)

サトコ
「何かあったんですか?それとも私、無意識のうちに加賀さんに失礼なことを···?」

加賀
······

何かしてしまったのなら謝ろう、と思い、ドアを閉めて一歩近づく。
すると、加賀さんの肩が震えていることに気付いた。

(泣いてる···!?)
(···いや、加賀さんに限ってそんなはずない)

サトコ
「ってことは···!」

加賀

逃げる隙を与えないほど勢いよく、顔を覗き込む。
目が合った瞬間、コーヒーを飲んでいた加賀さんがむせた。

加賀
テメェ···!

サトコ
「だ、大丈夫ですか!?」

加賀
······
···ぷっ

サトコ
「やっぱり!加賀さん、笑ってたんですね!?」
「私の子の眉毛!この眉毛のせいですか!?」

加賀
っ······
連呼すんな

コーヒーをシンクに置くと、加賀さんが手で口を押さえながら私に背を向けた。

サトコ
「もう!加賀さん!」

加賀
······っ

サトコ
「加賀さー--ん!」

まだ震え続ける加賀さんの背中に向けて、私の悲痛な声が響き渡った···

to be continued

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