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愛の試練編 加賀7話

サトコ
「加賀さん···加賀さん、お願いっ···」
「返事してください!加賀さん···!」

加賀
うるせぇ

サトコ
「······!」

声がした方を振り返ると、車の下から加賀さんが這い出してきた。

加賀
ピーピー泣き言言ってんじゃねぇ

サトコ
「な、なんでそんなところに···!?」

加賀
爆発でもしたら面倒だろうが

(あっ···車の下にいたのって、車体を弄ってたから···!?)

サトコ
「···生きてるならそう言ってください!」

加賀
テメェで気付け。クズが

サトコ
「そんな無茶苦茶な···」
「あ、あと泣いてませんから!これは汗です!」

加賀
······

サトコ
「本当ですよ!加賀さんが早く返事してくれないから、手がボロボロじゃないですか!」
「あっ、別にそんな、あれです」
「私のせいで加賀さんが生き埋めになったら大変だから、その」

隠すように目を伏せると、息が抜けるように笑う気配がした。

(笑った?加賀さんが?)
(···暗くて、顔は見えないけど)

サトコ
「···絶対、それ以上こっちに近づかないでくださいね」

加賀
誰にモノ言ってんだ

サトコ
「あ、あなたです···!加賀警視!」

加賀
チッ···生意気な口ききやがって
言われなくても、テメェになんざ近づかねぇ

泣き顔を見られたくなくて、必死に距離を取る。
加賀さんはまるで意に介していないというように、本当に私には近づいて来なかった。

(···これから、どうするんだろう)
(こんな山奥じゃ、車も来ないだろうし)

スマホはポケットにあるけど、山奥のトンネルの中なので電波がない。
向こう側の出口まである国は、あまりにも遠すぎる。

(でも、ほかに方法がない···もしかしたらまた崩れてくるかもしれないし)

反対側へ歩き出そうとする私の背中を、加賀さんの声が追いかけてきた。

加賀
どこ行くつもりだ

サトコ
「向こうの出口まで、歩くしか···」

加賀
黙って休んでろ。無駄に体力消耗させるな

サトコ
「でも、また崩れてきたら大変ですよ」

加賀
···その心配はねぇ

天井を見上げて、加賀さんが呟く。

加賀
崩落は止まった。この出口付近だけが崩れたんだろ

サトコ
「そうなんですか···じゃあ私たち、すごく不運だったってことですね」

加賀
···不運、か

サトコ
「え?」

加賀
なんでもねぇ

加賀さんは、何やら車の運転席を調べている。
できることもなくそれを眺めていると、思わずくしゃみが出た。

(寒い···そういえばさっきまで雨が降ってたんだっけ)
(今は止んでるみたいだけど、空気が冷たい···)

サトコ
「···っくしゅん!」

何度目かのくしゃみの直後、バサッと頭から何かを掛けられた。

(···煙草の、匂い)

それは、加賀さんの上着だった。

加賀
羽織ってろ

サトコ
「でも、加賀さんは···」

加賀
テメェのくしゃみ聞いてるよりマシだ

<選択してください>

うるさいってこと?

サトコ
「···暗に『うるせぇ』って言ってます?」

加賀
暗にじゃねぇ。そう言ってんだ

サトコ
「じゃあ、これ以上うるさくしないためにもお借りします」

加賀
ああ

ありがたくお借りします

サトコ
「···ありがとうございます。お借りします」

加賀
それでも寒けりゃ、離れてろ
ここは隙間風が入ってくる。奥にいる方がいくらかマシだ

サトコ
「いえ、ここで大丈夫です。ここにいます」

やっぱり加賀さんが着て

サトコ
「やっぱり加賀さんが着てください。もし風邪ひいたら···」

加賀
いらねぇならその辺に置いとけ

サトコ
「いらないわけじゃなくて」

加賀
なら、黙って着てろ

(···これが、この人の優しさなのかもしれない)
(いつも嫌な言い方して、怖がらせて···でも)

出会った頃、この煙草の匂いには嫌悪感しかなかった。
でも今は、その匂いに包まれて安心している自分がいる。

(そう言えば、煙を吹きかけられたこともあったっけ)

加賀さんが護衛になった頃のことを思い出した時、ようやく違和感に気付いた。
暗くてよく見えなかったけど、なんとなく加賀さんの左腕の動きがおかしい。

(おかしい···っていうか、動かしてない?)
(もしかして···)

サトコ
「加賀さん···怪我してませんか?」

加賀
かすり傷だ

サトコ
「でも、左腕が···」

思わず駆け寄り、触れてみようとして手を引っ込めた。

(···力がはいってない)
(ま、まさか···)

サトコ
「おおお、折れてるんじゃ」

加賀
かすり傷って言っただろうが

サトコ
「折れてる!?折れてるんですか!?」
「ど、どうしよう!?あっ、血が···!」

ポケットを探って、ハンカチを取り出す。
腕に巻きつけながら、パニックになりそうな気持を必死に抑えた。

サトコ
「こういうとき、どうしたら···えっと、添え木して、固定して」
「木···添え木になるようなものは」

加賀
······

辺りを見回しても使えそうなものがなく、焦りはさらに募る。
そんな私を見つめていた加賀さんが、ぽつりとこぼした。

加賀
···俺が嫌いなくせに、よくやる

サトコ
「···え?」

顔を上げると、加賀さんと視線が絡まった。

(···どうして、そんな顔するの)
(恨むみたいな···悲しそうな···諦めきれないような)

恨んでいるーー『誰』を?諦めきれないーー『何』を?
一度にいろいろな感情が湧いては消えていき、再び俯いた。

サトコ
「···嫌ってるのは、加賀さんの方じゃないですか」

加賀
······

サトコ
「私、は···」

もう一度顔を上げると、加賀さんは無言で私を見ていた。
それ以上言葉が出てこないまま、静寂だけが流れる。

東雲
···さん。兵吾さん、聞こえますか?

車から聞こえてきた声が、沈黙を破った。
開きっぱなしの運転席のドアの向こうから、確かに東雲さんの声がする。

加賀
通信は生きてたか

東雲
今、近くの救助隊にそっちへ行くよう要請しました。もうすぐ着くと思います

加賀
わかった

東雲
すごいですねー。これで生きてるなんて。さすが悪運王

加賀
相変わらずの減らず口だな

(···さっきの、加賀さんの表情)
(理由を聞きたい気持ちはあるのに···聞ける気がしない)

後ろ姿を眺めながら、煙草の香りがする上着をそっと握り締めた。

救助隊に見つけてもらったあと、夜も遅いので近くの民宿に一泊していくことになった。

(加賀さん、すぐにでも病院に行ったほうがいいはずなのに)

救助隊に処置してもらったので明日でも大丈夫だと言い張り、結局強引に宿を取ってしまった。

(もしかして、私のためだったりするのかな)
(正直ヘトヘトだし、すぐに休めるのはありがたいけど)

女将
「このお部屋を使ってください」

サトコ
「あ、じゃあこの部屋は加賀さんが···私はもっと狭くてもいいので」

女将
「それがねぇ、ごめんなさいねー。今日はこの部屋しか空いてないの」

サトコ
「そうですか···」
「···え!?」

(この部屋しか···って)

サトコ
「え!!!???」

女将
「お風呂はいつでも使ってくれて構いませんから」
「それじゃ、ごゆっくり」

サトコ
「ちょっ···」

(···同室!?)
(嘘でしょ···!加賀さんと、ひとつ部屋で寝るなんて)

並べられて敷かれた二組の布団が、妙に生々しい。
恐る恐る振り返ると、加賀さんは呆れたように言い放った。

加賀
女には困ってねぇ

サトコ
「っ······」

(···そりゃそうでしょうね!!!)

to be continued

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