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職場恋愛のすゝめ

お昼休みまで、あと10分。
ダンボールの山を資料室に片付けたから、午前の仕事はこれで終わりだ。

(今日のお昼は、どこで食べようかな)
(時間があるから、久しぶりに外で食べるのもいいかも)

ガッツリと定食系に行くか、鳴子にオススメされたオシャレカフェでランチにするか。
お腹と相談しながら廊下を歩いていると。

黒澤
ややや、サトコさん!いいところでお会いしましたね

廊下の先から石神班の皆さんが歩いてきた。

サトコ
「お疲れさまです!」

颯馬
午前の仕事は片付きましたか?

サトコ
「はい。久しぶりにゆっくりお昼が食べられそうです」

後藤
俺たちもこれから昼飯に行くところなんだ

石神
一緒に行くか?

サトコ
「いいんですか?」

黒澤
いいもなにも、サトコさんを見つけた時点でロックオン済みですよ★

颯馬
公安学校時代は、よく一緒に食べに行きましたね

黒澤
サトコさんが一緒なら、今日のランチは鰻重ですね!

サトコ
「えっ、石神班はランチに鰻重行っちゃうんですか!?」

黒澤
班長に愛されてるので···

石神
······

(石神さんの視線が···)

サトコ
「あの、私はラーメンとかでも···」

石神
···氷川が来るなら、たまにはいいだろう

黒澤
サトコさんで鰻が釣れた!

サトコ
「すみません。気を遣っていただいて···」

後藤
······

鰻の話をしている途中で、後藤さんの目が小さく見開かれた。

サトコ
「···後藤さん?」

後藤
後ろ···

サトコ
「え···」

津軽
俺のウサちゃん、みーっけ

後ろから両肩にズシッと手が置かれた。

津軽
こんなところで、なにやってるの?

サトコ
「つが···る···さん···」

津軽
石神班に鰻をご馳走してもらうの?

サトコ
「あ···えと···それは···」

(か、顔が見えない分、怖い!)

石神
昼飯にまで口を挟む権利はないだろう

津軽
誰もダメなんて言ってないよ?
ウサちゃんは公安学校の教官たちが大好きだもんね~
いってらっしゃい

肩から手が外され、やっと後ろを振り向くことができた。

サトコ
「本当にいいんですか?」

津軽
たまには古巣で楽しんでおいでよ

笑顔のまま、津軽さんがわずかに身を屈めてくる。

津軽
しっかり弱み握っておいで

サトコ

(スパイして来いってこと!?)

ものすごい課題を押し付けられ、ランチに送り出されたのだった···

(鰻は美味しかった···でも、弱みなんて何も握れなかった···)
(いや、それが当たり前なのでは!?)
(鰻を食べる石神班に隙なんてあるわけない!皆さん箸さばきも完璧だし!)
(津軽さんには正直に申告しよ···)

美味しいものを食べるには代償が伴ないものだと自分を納得させながら席に戻ると。
そこにはファイルの山ができていた。

(さっそく、午後イチで資料の山!)
(大丈夫、私には鰻重パワーがある!)

さっそく取り掛かろうと1番上のファイルを手に取ると、付箋が貼られていることに気が付く。

(『おかえり、これ持って会議室』って···)

付箋の端っこには、津軽さんが勝手に作った謎スタンプカードと同じウサギが描かれていた。

(こういうの嬉しいかも)

取った付箋は卓上カレンダーの表紙にそっと貼り付けて隠し···
その時、付箋が2枚重なっていることに気が付いた。

(後ろにもう1枚···ん?『午後の業務開始から8分以内ね』)

サトコ
8分!?

サトコ
「はあっ、はっ···」
「し、失礼します···」

(8分経ってないよね?間に合った···?)

津軽
7分53秒、ギリだったね

サトコ
「あれ···津軽さんひとり、ですか?」

駆け込んだ会議室のドアが後ろで自然に閉まる音がする。

津軽
俺だけじゃ不満?

サトコ
「いえ!ただ、8分以内と書いてあったので、会議で使うのかと···」
「津軽さんが急ぎで使うものだったんですね」

津軽
ちょっとホテル王のマネしてみたかっただけ

サトコ
「?」

津軽
ていうか、ほんとのこと言うと
俺が我慢できるのが8分以内だったって言ったら?

サトコ
「えっ」

見つめられている···考えの読めない瞳だけど、強い視線に鼓動が押さえられるように速くなっていく。

津軽
石神班とのランチはどうだった?

サトコ
「美味しかったです!」

津軽
弱みは?

サトコ
「握れなかったです···」

津軽
そう···じゃ、お仕置きだね

サトコ
「!」
「お、お言葉ですが、鰻重を食べてる石神班の弱みを見つけるなんて不可能かと!」

津軽
俺と一緒に過ごせるランチを棒に振ってまで行ったのに···

サトコ
「津軽さんも、あのあとランチだったんですか!?」
「それなら言ってくれれば···」

津軽
石神班の誘いを断った?

いつの間にか、すぐ近くまで来た津軽さんに顔を覗き込まれた。

サトコ
「それは···もちろん···」

津軽
俺といる方がいい?

サトコ
「あ、当たり前じゃないですか」

津軽
どうして?

サトコ
「~~っ」

(す、好きだからって言わせる気だ!)

津軽
ウーサ?

サトコ
「好き···だからです···」

津軽
俺も
だから、8分以内に会いたかった

サトコ
「······っ」

(い、いい顔で無邪気に微笑まないでください!!)

津軽
···ってことで、お仕事開始しよっか

サトコ
「へ?」

津軽
この捜査資料、今日中に洗わなきゃいけないだよね

サトコ
「この分厚いのを今日中にですか!?」

津軽
そ。とっとと始めるよ。時間ないから

(8分の理由は、本当に私に会いたかったから···?)
(それとも、急ぎの仕事のため?)

8分で呼ばれた真の理由···それを聞く余裕もなく、午後の業務を開始することになったのだった。

Happy End

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