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欲しがりカレシのキスの場所 黒澤1話

店員
「わぁ~お似合いですよ~!」

サトコ
「ふふっ、そうですか?」

オシャレは靴から、という言葉を信じてまずは靴を新調することにした。
見つけたパンプスはヒールも低く、黒いシックな感じで印象も良い。

(それに何より、パシフィック8の主人公が履いてる靴に似てるし!)

店員
「素材もしっかりしていますので、お手入れすれば長く履けますよ」

店員さんの言葉に値札を確認して一瞬目を見開く。
素材がいいだけあって、相応のお値段もした。

(買え···なくもないけど、安くはないな···)

店員
「足に馴染むまでは硬いな、と思うかもしれませんが生地も馴染んできますので」

サトコ
「なるほど···」

(今使ってる靴は候補生時代からのものだから、そろそろ買い替え時とも思ってたし···)
(次、また鳴子に会う時、同じような格好でいくわけにもいかないし···)
(デザインはやっぱりこれが1番好きだと思ったし···)

次から次へと頭の中に言い訳が出て来る。
鏡に映るピカピカのパンプスを履いた自分を見つめながら、しばし唸った。

(よし、ここは思い切って···)

サトコ
「じゃあ、これください!」

店員
「ありがとうございます~」

私の一言に店員さんはテキパキと会計を進めてくれる。
久しぶりにこんな女子らしい買い物をしたこともあり、
妙な昂揚感を覚えながら店を後にしたのだった。

翌日。
新しいパンプスで登庁すると、いつもより足取りが軽かった。
風を切るように歩き、課の扉を開ける。

サトコ
「おはようございます!」

津軽
おはよー
あれ、今日は何か···

サトコ
「えっ?」

(もしかして気付いた?パンプスで女子力上がってる?)

じーっとこちらを見つめる津軽さんは、しかしふいっと視線を逸らした。

津軽
いや、気のせいだった。いつも通りのウサちゃん面

サトコ
「ウサちゃん面って何ですか!」

百瀬
「うるさい···」

じろっと睨んでくる百瀬さんに、ぐぬぬと口を噤む。

(いや、別に誰かに気付いてほしいわけでもないし!)

東雲
ちょっと、そこにいられると邪魔なんだけど

サトコ
「あ、すみません」

扉の前に陣取ってしまっていた私は、後から来た東雲さんに道を譲った。

東雲
······

サトコ
「えっと···何でしょう?」

(もしや、今度こそパンプスに気付いて···!?)

東雲
服の裾にゴミ付いてる

サトコ
「えっ!?」

言われて見ると、裾には確かに小さな糸くずがついていた。
それを手で摘まんでいると、東雲さんはふんと鼻で笑う。

東雲
仮にも女なんだから、もうちょっと身なり気にすれば?

(仮にもって···しかも、鼻で笑われたんですけど···)

サトコ
「ありがとうございます···」

抓んだ埃をゴミ箱に捨てる。
ゆらゆらと漂うように落ちていく糸を見ながら、小さく溜息を零した。

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結局誰にもパンプスのことを気付かれることはなく、昼が過ぎた。
給湯室でコーヒーを淹れながら、ちらりと自分の足元を見遣る。

(いやいや、誰かに気付いてほしくて買ったわけじゃないんだから)
(そうだよ。自分の女子力を上げる第一歩なんだから気付かれようとそうでなかろうと···)

???
「失礼します」

ふっと隣に現れた人影に視線を向ける。
気配泣く突然現れた颯馬さんは、穏やかな笑みを浮かべていた。

颯馬
氷川さんも休憩ですか?

サトコ
「はい、この時間はどうしても眠くなってしまうので」

颯馬
お腹も満たされてますからね

颯馬さんは淹れたてのコーヒーにミルクと砂糖を加え、マドラーでくるくるとかき混ぜる。
そんな様子を何となく見つめていると、ふっと彼の表情が和らいだ。

颯馬
今日は新しい靴ですか?

サトコ
「えっ」

颯馬
ステキな靴ですね。似合っていますよ

(気付いてくれた···!)
(しかもさらっと褒め言葉までくれるなんて、さすが颯馬さん···!)

サトコ
「そうなんです!思い切って新調してみました」

颯馬
新しいものを身に着けると気持ちも引き締まるというものです

サトコ
「一応、古い靴も持って来てはいるんですけど」

颯馬
早く足に馴染むと良いですね

サトコ
「今日はいっぱい歩こうと思います」

颯馬
それはいい心がけかと

ふっと笑みを浮かべ、颯馬さんは給湯室を後にする。
似合っていると言われたパンプスを見下ろし、また朝の足取りの軽さで課に戻った。

(次は石神さんのところに行かないと···!)

津軽さんから託された資料を手に廊下を突き進む。

(さっきは難波室長だったし、その後は刑事課に行かされたし···)
(パシられるのはいつものことだけど、今日は特に多くない!?)

いつも通り日常の業務に加えて、方々へと駆け回る。
どうしても動くことが多くなり、何度この廊下を往復したかもわからなくなってきた。

サトコ
「っ···痛···」

一瞬、足首まで響くような痛みに歩みを止める。
気にしないようにしていたものの、徐々に足が痛くなってきた。
特に体重のかかっている踵や爪先がじんじんと痺れるようで立つのも少し辛い。

(うぅ···古い靴に履き替えようかな···)
(このまま動き続けるのは辛い···)

ここから石神さんがいる場所の途中に更衣室もある。
一旦そちらに寄って履き替えた方が賢明に思えた。

???
「そんなところで立ち止まって、どうしたんですか?」

サトコ
「え?」

振り返ると、ニコニコと笑顔を浮かべた透くんがいた。

サトコ
「いつの間に···」

黒澤
そんなぁ、人をストーカーみたいに言わないでくださいよ~

サトコ
「いや、そういうつもりじゃないんですけど」

(痛みに気を取られてあんまり周りのこと気にしてなかった···)
(やっぱり履き替えてきた方がいいな···)

黒澤
サトコさん。何かオレに隠してることありませんか?

サトコ
「は?」

唐突な質問に、つい2人きりの時のような対応をしてしまった。
咳払いで誤魔化していると、透くんは僅かに距離を詰めてくる。

黒澤
か・く・し・て・る・こ・と、ですよ★

サトコ
「お・も・て・な・し、みたいに言わないでください」

黒澤
またまたそんな冷たいこと言っちゃって~
サトコさんに隠し事されるなんて、透泣いちゃいます

サトコ
「嘘泣きじゃないですか!」
「大体、隠し事なんて、そんなのあるわけ···」

黒澤
もう、ここじゃ埒があかないですね

サトコ
「は?」

本日2度目の『は?』が出ても、透くんは怯むことはなかった。
むしろさらに距離を詰めて、じっと私の手元に視線を向ける。

サトコ
「な、何ですか?」

黒澤
それって急ぎの資料じゃないですよね?

サトコ
「え?まぁ、そうですけど···」

黒澤
じゃあ、今からたっぷりサトコさんに聞かせてもらいましょう!

ぐいっと透くんが私の腕を掴む。
落ちそうになる資料を慌てて支えてる間にも、ぐいぐいと透くんに引き摺られていく。

サトコ
「いや、聞くって···どこ行くんですか!?」

黒澤
そんなの決まってるじゃないですか~

それまでニコニコとしていた透くんの笑みがスッと消える。
不意に耳元に寄せられた唇からは、低い彼の囁きが零れる。

黒澤
2人っきりになれるところですよ

ひゅっと喉から息が漏れた。
抵抗しようにも足が痛くて踏ん張れず、手で振り解こうにも透くんの力には勝てない。

(2人っきりになれるところって···)
(まだ仕事中なんですけどー!?)

to be continued

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