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欲しがりカレシのキスの場所 黒澤3話

サトコ
「ただいま···」

帰宅して靴を脱ぐと、フローリングを歩く足はずっとじんじんと痺れていた。

(うぅ、やっぱり靴を履き替えたけれど痛いままだなぁ···)
(急ぎの仕事がないときに履いて、少しずつ慣らしていこう)

痛みはあるものの、靴から解放されただけで随分と楽ではある。
晩ご飯の支度をしていると、家のチャイムが鳴り響いた。

(こんな時間に誰だろう?)

サトコ
「はーい」

返事をしながらインターホンのモニターを確認する。
モニターには、にっこにこの笑顔を携えた透くんが立っていた。

黒澤
世界の!だけど、アナタだけの!黒···

プツリ、と通話を切る。

(仕事で忙しい透くんが、わざわざ連絡もなくこんな時間に私の家に来るなんて···)
(今のは幻かなぁ?足が痛くて、今日はいつも以上に疲れちゃったしなぁ)

しかし、再び響き出すチャイムの音は紛れもない現実だった。
あまり放置しておくわけにもいかず、仕方なくロックを解除する。

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作っていた料理を2人前に増やし、リビングで待つ透くんの前に並べる。
彼はキラキラと目を輝かせると、箸を取りながら手を合わせた。

黒澤
いただきます!

サトコ
「どうぞ」

もぐもぐと平らげていく透くんの食べっぷりに呆気にとられる。

(確かに1人で食べるよりも賑やかで美味しく感じるけど)
(すごい食べっぷり···)

黒澤
どうしたんですか?箸が進んでないようですが

サトコ
「あ、ううん。気にしないで」

黒澤
そうですか
それよりも、足の方は大丈夫ですか?

会話の間にぱくぱくと食べ物を口に放りながら透くんは尋ねてくる。

(心配してわざわざ家に···?)
(いや、この食べっぷりはどちらかというと晩ご飯目当てか···)

それでも、食べているのが自分の作ったご飯だと思うと少し可笑しい。
苦笑のような微妙な笑みを浮かべていると、透くんは小さく首を傾げた。

黒澤
やっぱりまだ痛みます?

サトコ
「ううん。靴を脱いでるからずいぶん痛くなくなったよ」

黒澤
やっぱりオレの手当てが良かったんですかね?
これそ!愛のパ···

サトコ
「時間が時間だから声張らないで」

黒澤
すみません···

透くんは小さく頷き返し、ごくんとご飯を飲み込んだ。
元々食べるのが早い彼との食事はあっという間に終わった。
私がお皿を流しに持って行こうとすると、透くんがさっと手伝ってくれる。

黒澤
これだけご馳走になったんですし、片づけはオレがやりますよ

サトコ
「やらせるのは申し訳ないよ。私もやるから手伝ってくれる?」

黒澤
立ったりしない方が楽じゃないですか?

サトコ
「これくらいなら大丈夫」

黒澤
じゃあ、2人でちゃっちゃと終わらせちゃいましょう!

流しで私がお皿を洗い、透くんが洗った皿を拭いてくれる。
次々とお皿を片付けていると、不意に透くんが口を開いた。

黒澤
今日、共有の冷蔵庫に入れてたお菓子、加賀さんに食べられちゃったんです

サトコ
「それは災難だったね···」

黒澤
で、加賀さんに言ったんですよ。ちゃんと

サトコ
「なんて?」

黒澤
勝手に人のもの食べないでくださいって
そしたらなんて言ってきたと思います?

サトコ
「加賀さんだしなぁ···お前のものは俺もの、みたいな?」

黒澤
そこまでジャイアニズムじゃないですよ
じゃなくて、『ちゃんと名前書いとかないテメェが悪い』って

サトコ
「それは、名前を書かなかった透くんが悪いよ···」

黒澤
確かに書かずに入れちゃいましたけど、ほんの一瞬だったんですよ?
まぁそんな失敗にもへこたれないのが黒澤透ですから、オレ考えたんですよ

サトコ
「なにを?」

黒澤
やっぱり、全部にオレの名前書いておきたいなぁ、って

サトコ
「いいんじゃない?」

黒澤
え、いいんですか?
じゃあ早速ここに···

サトコ
「うわぁ···!?」

突然透くんの指先が私のうなじを撫で上げる。
ぞわりと肌が震えるような感覚に、掴んでいたお皿を落としそうになった。

サトコ
「いきなり何して···!」

黒澤
だから言ったじゃないですか、名前書いておきたいって
サトコさんもオレの彼女、って意味ではオレのものってことですよね?

サトコ
「いろいろツッコミどころはありますが、名前を書かれるのは迷惑です···」

黒澤
はっきり言いますね~!

透くんはケラケラと笑う。
その時ふと皿を渡そうと彼を見れば、その瞳だけは笑っていなかった。

サトコ
「透くん···?」

黒澤
バレちゃダメっていうのは頭では分かってるんですよ?
でも···

透くんは受け取った皿をタオルに包んでその場に置いてしまう。
ハッとしていると、突然後ろから腰の腕を回すようにして抱かれた。

サトコ
「ちょ、今度は何···」

黒澤
今日、颯馬さんととーっても仲良くしてたでしょ?

サトコ
「だから、それはたまたま会って···」

黒澤
楽しく靴の話で盛り上がったんですよね
似合ってるって褒められちゃったりして、た・の・し・いお話を

サトコ
「そこまで強調しなくても···」

黒澤
大事なことだから2回言わないと

(似合ってる、なんて透くんに言ってないはずなのに···)
(やっぱり私、透くんにGPSか盗聴器でも仕掛けられてるんじゃないかな?)

ぎゅっと抱き締める腕の力が強まり、背中に彼の身体がぴたりとくっついてくる。
泡付きの手で抵抗できないのを見こされていたようで、振り解くことも出来なかった。

黒澤
オレだって、今朝から気付いてましたよ。靴のこと

サトコ
「え?」

それは初耳だった。
後ろに首を回せば、どこか拗ねたようにこちらを見つめる透くんがいた。

サトコ
「それはやっぱり、盗聴器を仕掛けてるから···?」

黒澤
そんな仕掛けていようといなかろうと
今朝のサトコさんを見ればわかります

(盗聴器を仕掛けていない、とは否定しないんだ···)

サトコ
「そんなに分かりやすかったですか?」

黒澤
そりゃ気付きますよ。なんたって、アナタの黒澤ですから

ふっと笑う透くんについ絆されそうになる。
でもやっぱり、透くんに包まれる腕の中は温かくて。

サトコ
「だいぶ遅かったけど、気付いてくれてありがとう」

黒澤
遅かったのは勘弁してくださいよ~。それもこれも津軽さんの···

サトコ
「津軽さん?」

黒澤
いえ、せっかくサトコさんと2人きりなのにする話題じゃないですね!

(何だろう、津軽さんって。気になるけど···)

黒澤
それより!またもし靴連れで辛いときは、すぐにオレに言ってくださいね
そうじゃなければ···

サトコ
「え?」

透くんの唇が耳元に寄せられる。
わずかに触れた感覚に、びくりと身体を強張らせた。

黒澤
···おんぶ、しちゃいますよ

妙な色気を持ったウイスパーボイスに、内容が一瞬頭に入ってこなかった。
しかし、じわじわと意味を理解し始め頭を振る。

サトコ
「おお、おんぶは結構です!」

庁内を透くんにおんぶされているところを想像するだけで恥ずかしかった。
翌日には公安課内で間違いなく格好のネタにされてしまう。

黒澤
あれ、もしかしてお姫様抱っこのほうが良かったですか?

サトコ
「そういうことじゃなくて···!」

黒澤
そっかぁ、サトコさんはオレだけのシンデレラでしたもんね
うっかり★

サトコ
「うっかり、じゃないです!」

黒澤
大丈夫ですよ。サトコさんがオレに秘密を作らなければいいだけですから
ね?

サトコ
「はい···」

妙な圧のある透くんの笑みに、渋々頷き返してしまうのだった。

Happy  End

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